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ネガティブ ケイパビリティと森田

しつこいけれど、

ネガティブケイパビリティは、

    「答えのない事態に耐える力」だ。


「ケイパビリティ(能力)」は

通常は「何かを成し遂げる力」の事をいう。

 問題に対して答えを出す力。

 出来なかったことが出来るようになる力。

それが「能力」(ケイパビリティ)だろう。


でも、ここでは

逆に、「解決しようとしない力」が問われている。

曖昧にしておく、

対処しようとしない、

ただ持ちこたえる。

何かを「する」のではなく、何かを「しない」

それも「陰性」(ネガティブ)な「能力」(ケイパビリティ)だったのだ。


それらは、くしくも森田の先輩方が言われてきたことと合致していく。

  「宙ぶらりんにしておく」

  「キープする」

  「決めない」

どこまでも突き詰めてしまう神経質者に対して、

 「それ以上突き詰めないで」と先輩達が教えてくれた言葉たちだ。


恐怖や不安のからくりを頭で理解し、納得してから進みたい神経症者に

「どうしたらいいか」ではなく、「どうもしない」ことを教えてくれている

 「ネガティブ ケイパビリティ」な言葉だ。


そういわれても、神経質は曖昧にしておくことが本当に苦手だ。

「え~、どうしても宙ぶらりんにしておけないんですけど~。」となる。

大丈夫。それも能力だがら。

今は出来なくても、少しづつ練習してその力を育んでいけばいいんだ。


そして、いくら考えてもほかに道がなく、

その時初めて、もう考えてばかりいるのを止めて、

言われたように、泣く泣く破れかぶれで日常に手を出していく。

そこから何かが動いていくのだ。


日本の学校教育は、

 「ポジティブ ケイパビリティ」だ、とも書いてあった。

「答えを出す能力」「解決する能力」ばかりが重視されている、と。

学校の宿題やテストには必ず正解があり、

子ども達はいかに速く、正しくそこに辿り着けるか

その能力ばかりが養成されている。


でも、

人生上の問題は、答えのある問題ばかりじゃない。

答えがない。

正解がない。

今すぐ解決はできない。

もしかして何十年先にしか答えは分からないかも知れない。

そんな事の方が、ずっとずっと多い。

もっともっとそういった、不可解な問題の曖昧さに耐え、

受け入れる力を付けて行くべきだ、と。


子どもの世界だって、大人の世界となんら変わらない。

いじめ、学級崩壊、不登校、意見の違い、個性の違い、

最近では人種の違い、言葉の違い、文化の違い

私が子どもだった頃より、ずっといろんな事を複雑に内包しているだろう。


そんな答えのない問題に対して

みんなで話し合ってみたり、お互いの意見や文化の違いを

ただ味わってみたり、

先生も分からないから一緒に考えるね、など。

大人がいつも正解を知っているわけじゃないし、

先生がいつも正しいわけじゃないってことも、すごく大事だと思う。


一生懸命学級会で話し合ったって、

何か合意に至れるわけじゃないだろう。

そんな時、無理やりどこかに着地しようとすれば、

その合意の陰に、必ず踏みにじられ、がまんして引っ込めた誰かの主張があるはずだからだ。

そして大抵それは、引っ込み思案だったり、弱い立場の子だったりだ。


そんな風に簡単に答えなんか手にせず、

それを本当にわかるまで考える事を止めないことが

大事なのかもしれないし、

時には考えるんじゃなくて、

時間や、自然の流れに任せる事で、問題が動いていくということを学んだり、

みんなでその成り行きを見つめてみたり。

もっと「ワカラナ~イ!!」という事を

大事にしていっていいんだと思う。


複雑に様々な要素、意見、違いを内包していればいるほど、

問題も多いが、きっと面白い。

問題を平面化せず、

どこまでも混沌とさせておいたほうが

表面的な問題事項は深いところで熟成し、

いろいろ大事な事を私達に気付かせてくれるんじゃないだろうか。


そういうところから、

人の心も深く豊かになっていくんじゃないだろうか。

そんな事をとっても考えさせられた本でした。


ありがとう~!帚木先生~!!






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Re: No title

chakiさん
こんにちは~。

capacity と capability の違いなんて考えもしなかった~。
さすが!です!(だいたいcapability っていう単語すら知りませんでした~。笑)

「答えのない事態に耐える力」を強くしていく、というとなんだか難しそうだけど、
「急いで答えを出さない心」、「決めない心」を大事にしていく、くらいでいいのかな、と思っています。



No title

少し論点はずれてしまいますが、どうしてcapacityと言わないのか?と気になって調べてみました。capacityは今持っている能力で、capabilityは現在の能力にも使いますが、今後の到達できる将来性の意味をもっているそうです。なんだか、希望が持てますね。これからも私たちの「答えのない事態に耐える能力」は今よりも強くなっていけるのかなー我慢しているうちに解決できることもあるということを私は体得できていないのかな。まだまだです。
プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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