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集談会

つい最近、思い出した感情がある。


うつの時、

どんどん社会との接点が切れて、

人との交流どころか、家族との交流も最低限になって行った時、

体調のいい時を見計らって、集談会に参加したことがあった。


体も心も鉛のように重たく、引きずるように参加した。

そんなダダ下がりのテンションでドアを開けると、

そこに懐かしいみんなの顔があった。


そして、

「久しぶりだね~。」

「元気にしてた~?」

「最近六花ちゃん来ないねって言ってたんだよ~。」

と温かく声を掛けてもらった。


その時、

「私ここに居てもいいんだ」と素直に思えたのだ。

もう私の居場所はどんどんなくなっていた。

笑うことも、笑いかけてもらうことも、少なくなっていた。

そんな中でみんなの温かさに触れ、

「私いつここに来てもいいんだ。」

と思えた。


私は、ずっと集談会の中に居場所がないと感じていて、

自分の悩みを喋る事も、人の悩みを聞くことも苦手だとずっと感じていた。


その時、

どんな話をして、どんな話を聞いたか覚えていないが、

ただ、人の話を聞きながら

「みんなも苦しいんだな~、みんなもいろいろあるんだな~。」

と思った。


「だから、自分ばかりが苦しいんじゃない。」とかでもなく、

「だから、頑張らなきゃ」でもなく、

ただそう思った。


そして、その場にいただけだったように思うが、

ただ黙って座って過ごしてもそれでもいいんだ、と思った。

「ここに居ていい」という感覚が有難かった。


そしてそんな皆を見ながら、

「あ~、私が家で臥せっている時も、

     毎月みんなはここでこうして集っていたんだな~。」と思った。

そして、

「私もここの一員になりたいな」と思った。


それまで集談会で、何かを求める気持ちが強すぎたのか、

不満ばかり感じていた。

「何かをつかまなきゃ!」とか

「がんばって喋らなきゃ!」とか、気負いもあった。


でも、その時は

いろんなものを失い、

もう何かを求める気力もなくて、

ただ、どこかに居たくて参加したのだと思う。


何もつかめなくてもいい。

何も話せなくてもいい。

何も出来なくても、

私はあそこにいてもいい、と思えた。


その時から、集談会への姿勢が変わっていったように思う。

その時から、そこは私の大事な居場所になっていった。


なぜかそんな大切なことを忘れていた。

  先日、その集談会に参加した日の夜、

        ふっとよみがえってきた感情だった。






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プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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