今年の終わりに...「森田療法の世界 ①」
今年も大詰めだ。
ブログを書いている場合では、ない。
でも、やっぱり書いている。
しかも、ちょっと大仰な事を書こうとしている。
こちらも大詰めだ。
そういうつもりはなかったが、なんかそういう事になっちゃったので、書く。
誤解を恐れずに書いてみようと思う。
そして、これで、
今年を締めくくろうと思う。
森田先生の世界観。
私がとても共感でき、好きなところだ。
ちょっと難しいが、それを書いてみたい。
私が一番好きなところ。
それは、
「純な心」が行き着く境地。
森田先生は、人間を完全に自然の一部だと捉えていた。
人間が、あらゆる生命体の一番上に君臨しているわけでも、
精神が肉体を支配しているわけでもない。
ただ、そこに存在している命。
それだけだ。
そして、森羅万象の全ては同じところに向かっているという。
それは、「調和」と「均衡」。
この世界の事象の全て、「陰」と「陽」で引き合っている。
プラスとマイナスとで、微調整をし合い、
均衡の取れるところを探している。
いついかなる時も、絶え間なく。
何一つとして、同じところにはとどまっていない。
そんな調整作用が働いて、この世界は微妙に均衡が保たれている。
そして、人間の肉体、そして精神までも、その例外ではないのだ。
自然に放っておく。
そうしたら、プラスとマイナスの間で微妙に揺れながら、
心も体も調和に向かう。
必ず。
そこには宇宙の法則が働いているからだ。
自然治癒力。それを最大限引き出そうというのが、
森田療法だ。
純な心は、調和へと導く「道しるべ」なのだと思う。
分からなくなったら、私はいつも純な心に立ち戻る。
人はいつも、感情と理知との狭間で揺れ動いている。
そして、周囲や社会と調和して行こうとする。必ず。
人間は、放っておいたら堕落する。
目的だ、目標だ、道徳だ、常識だと縛り付けないと、
人はまとまらない。社会は回っていかない。
本当にそうだろうか。
私は森田を学び、自分でも実感できるようになって、思うようになった。
それは人間を怠けさせないが為の、人間が作りだした理屈だ。
それは真実じゃない。
誤解を恐れず言うが、
きっと放っておいたほうが、上手くいくのだ。
放っておいて、自発に任せたほうが、調和に向かうのだ。
それが自然の摂理だから。
そして、自然治癒力は全ての人に備わっている。
純な心は、誰の心の中にもある。
それへの信頼感を取り戻す。
それが、森田療法なのだと思う。
続く...。