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良いお年を。

前回案内しました、「きみはいい子」を今日読んでいました。

(合間にです!掃除や買い物のあ・い・ま!)

軽い気持ちで「リンクしてて面白いですよ~」なんて案内してよかったのかな、と

少し思いました。


前に読んだ時は、

虐待の描写が読んでいてしんどかった記憶があり、

一度読んだきり、読む気にならなかったのですが、

今回久しぶりに読んでみて、

いい意味で、いろんなものが心に刺さりました。


こちらは、5つの短編で構成されています。

そして5つはそれぞれうっすらとつながっています。

「わたしをみつけて」ともつながっています。


そして、読み終わって本を閉じた時、

「きみはいい子」ってそういう意味だったのか、と思いました。


私も、本に出てくる子のように、

「よその家の子になりたい」と思ったことがありました。

いとこの家に家出して、本気でその家の子どもになろうとしたこと

がありました。

なんか、子どもの頃のこといろいろ思い出して、

だから前読んだとき、辛かったんですね、きっと。


でも、中脇さんに

そんな私も「いい子だよ」と、言ってもらったような

気がしました。


世の中には、本当に悲しい事、信じられないことが

起こってしまいます。

私は「虐待」とまでは言えないけれど、

そんな連鎖の中にいました。

何かが一つでも違っていたら、繰り返していたのかもしれません。

連鎖の鎖に翻弄される、ギリギリの綱渡りのような子育てでした。


この物語は、

絶望の中にともる、小さな灯(ともしび)の物語。

大いなる救いじゃない。

小さくて、風が吹いたら消えそうな灯り。


決してハッピーエンドなんかじゃない。

やっぱりギリギリの中で、続いていく物語。

傷付きながら、泣きながら、

それでも歩いていく物語。

救うほうも、傷ついて絶望している。


それでも、誰かを思うとき、

誰かを真剣に思うとき、例え弱くても誰かの灯になれるのかもしれない。


人は弱いようで強い。

 強いようで、弱い。

(あ、セカオワの歌にありましたね。イルミネーション...)


最後の日に、重いですかね~。

でも、私は最後の日に読んでよかったと思いました。

人間はすばらしい!

生きるってすばらしい!

と心から思えました。


ブログを読んでくださるみなさま。

いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

新しい年が、みなさまにとって、幸せな年でありますように。


来年もどうぞよろしくお願いいたします。

                  六花

               (今年は年賀状はやめました~!勝手でごめんなさい!!)





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「本」... part②

私が、今まで読んだ中脇初枝さんの本の中で

一番好きで、何度も読んだ本は、

「わたしをみつけて」です。


主人公は、生まれてすぐに病院の玄関に捨てられた孤児の「弥生さん」。

「弥生」という名前は、

    病院に捨てられていたのが3月だったから。

弥生さんは施設で育ち、生きていくために看護師になり、

日々淡々と病院で働きます。

目の前で起きる生も死も、ただの日常。

夢も持たず、何が幸せかとか、理不尽な目に合っても、深く考えないようにして、

ただ、淡々と平穏無事に過ぎることだけを願う日々。


ある日、弥生さんの病院に新しい看護師長が赴任してきます。

その看護師長との出会いで、弥生さんの中で何かが変わっていく物語です。


この作品は、何回読んでも泣いてしまいます。

ブログに書いていたら、久しぶりに読みたくなって

掃除も投げ出して、今日の午後ず~っと読んでいました。

(誰ですか~!現実逃避と言ってるのは~!(*`・з・´))


家の掃除もいいですが、涙をたくさん流して、

心のお掃除する年末もいいものですよ~。(*^_^*)

私にとっては、そんなきれいな涙がいっぱい流せる作品なんです。


そしてこの作品は、「きみはいい子」という作品と

所々でリンクさせてあります。

両方読むと、あちこちに仕掛けが見つかって面白いのです。


私は、中脇さんの人間を見つめる

     力強く温かい眼差しがとても好きです。


さて、明日は「きみはいい子」を読むかね~。\(^o^)/




「本」

先月の集談会で、

   「あなたの今年の漢字一文字」を聞かれた。


私は思わず「輪」!と答えたけど、(森田のを広げてきた一年と言う気持ちで)

やっぱり「本」にします


私は普段あまり本を読まないほうだ。

活字がどうも苦手なのだ。(*´~`*)

そんな私にしては、今年はけっこう本を読んだ。

そして、今年はとても「いい本」との出逢いがたくさんあった。

集談会の中でも、お互いに貸したり、借りたりして

いろんな本がグルグル回っていた。


私はだいたいが、ノンフィクションばっかりを読む。

どうもフィクションは向いていないみたいで

読み出しても、挫折してしまうことも多い。

「フィクション」ってくしゃみみたい。)


そんな私でも積極的に読みたいフィクション作家さんが二人いる。

帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんと、中脇初枝さんだ。

中脇初枝さんの本は、以前から扱うテーマが好きで読んでいた。

帚木さんは今年出会った作家さんだ。

二人に共通しているのは、

余計な感傷など全てそぎ落としたところで書いているような文章。

帚木さん自身の言い方だと、「コンクリート打ちっぱなしのような文章」だ。

余計な言葉がほとんどない、というか。

厳選された必要な言葉だけで書かれている、という感じだろうか。


そんな中で、

ちょっと感動した本との出逢いがあったので書いてみる。

その本を買ったのは、夏ごろ、駅構内の本屋さんだった。

電車までだいぶ時間があったので、時間潰しに立ち寄ったのだ。

見るともなしに本棚を見ていると、

五十音に並んでいる文庫コーナーで、「中脇初枝」の名前に目が止まった。

「本屋大賞 第3位!」という微妙な文句の帯がかかっている本があり、

手にとって、迷った挙句、衝動買いした。

題名は「世界の果てのこどもたち」


帯には、

「73年前、大人達は戦争をしていた。

    でも、わたしたちは、ずっと友達だった。」とある。

舞台は戦時中の満州。

生まれも境遇もバラバラの3人の少女が、満州で出逢い、短い日々だが一緒に過ごす。

終戦後3人はバラバラの人生を歩み、それぞれの運命に翻弄されて生きる。

そして、年齢を重ねまた再開を果たす。その3人の半生の物語だ。


一瞬、戦争の話か~、と本を戻し、もう一度手にとって、中をパラパラ~と読んで

電車の中で読もうと買った。

普通ならまず戦争の話は買わないが、

中脇さんの本だったから買ってみた。


そして、とてもいい本だった。

途中、残酷なシーンも多くあるが、

中脇さんの文章には余計な感情がなく、事実だけが淡々と切り取られており、

だからこそ、私は背筋が凍るような思いがした。

そして、戦争を心から憎み、「二度とこんなことしてはならない」と

こんなに強く思ったのは初めてだったかもしれない。

人間の残虐さとともに、

どんな状況でも、ギリギリの精神の中でも、

人間の尊厳を失わない、人の気高さ、尊さも感じた。

そこにどんな感情を抱くかは、すべて読者に委ねられていた。


この本は、

前回書いた「コーラス」の中で回った。

コーラスの中に、以前「満蒙開拓団」の写真展や講演会の告知を

していた男性がおり、

私は行かなかったが、聴きに行った方も多かったようだ。

世代なのだろう。みんなけっこうそういう事で活動したり、

見に行ったりしている。

それで、ちょうど満州の話だし、

その方なら興味深く読まれるのではないかと思って、お貸ししたのだ。


そして後日、

「とてもいい本だった。作家の方がまだ40代ということにとても驚いた。

史実もかなり調べ込んで書いているね。」と言ってくださった。

そして40代の私がこんな本を読んでいることにも驚いてくださった。

その方は80歳だ。


私は戦争の話はそんなに積極的に読むわけではないし、

少々誤解されてるかなとも思ったが、まあそこは黙って好感度を保っておいた。


そして次にその本を貸したのは、65~66歳の女性団員の方だった。

その人は、その男性とその本の話をしている時に入ってきて、

満州の話でね、と言うと「是非私も読んでみたい。」と言われたのだ。


その方が言うには、

ご両親が戦時中、満州にいたのだそうだ。

まだ若く見えるその方が、そういう事を言われて私は思わず計算したが、

その方は両親が満州から帰ってきた後、生まれた子どもで

上の兄姉たちの何人かは一緒に満州へ連れて行き、何人かは日本に残ったのだそうだ。

「戦争が終わって帰国し、私が生まれたの」

と言われ、私は納得した。


ちょうど本の中にも、

高知から満蒙開拓団で行った家族が出てくる。

そしてやはり、子どもを全員連れて行かず、何人かは日本の親戚のところに預けていっているのだ。

私は、是非その方にも読んでもらいたいと思い、すぐにお貸しした。


そしてつい先日、その本が返ってきた。

お礼のお菓子とともに、簡単な手紙が添えてあった。

そこには、

「自分の両親が、満州でどのような暮らしをしていたのか、

終戦後なぜすぐに帰国できなかったかなど、私なりに理解することができました。

そして、この本のおかげで、母と心のお別れをすることが出来ました。

ありがとうね。」と、あった。


その方は、この春お母様を亡くされた。

郷里は愛媛で、そのころ何度も行き来されていた。


この本が繋いだ不思議な縁だった。





コーラス ②

ミチコさんは、次の週もご主人に手を引かれてやってきた。

ニコニコで「よろしくおねがいします!」と元気いっぱいだ。


ご主人が申し訳なさそうに言うには、

「こないだ家内がとても喜んで、また行きたいと言うもんで....。

 隅っこでいいので、また皆さんと一緒に歌わせていただくことはできないだろうか。

 いろいろ分からなくなってるから、ご迷惑かけるかもしれないが...。」


先生もみんなも、「もちろんどうぞ~!!」だった。

ミチコさんは、いろんな事を忘れても、

     ここでみんなと歌った楽しさを忘れていなかった。

そして何より私達は、

     一緒に歌うことの楽しさ、素晴らしさを知っている。


私達は、向かい風の日も、追い風の日も、

歌ってる場合じゃない日も、とりあえず荷物は家に置いて、

ここでみんなと歌を歌ってきた。

先生の生き様に、先生の笑顔に、人知れず励まされた日もあっただろう。

歌の歌詞に、自分の人生が重なって涙が出る日もあっただろう。

私はまだたかだか4年だが、 

     私にもそんな思いたちがうっすら積もってきている。


20年共にここで歌ってきた人には

 たくさんの思い出があることだろう。

ミチコさんはそんな仲間の一人だ。

断る理由などなかった。


私達のほとんどは「ベテラン主婦」

みんな「なんとでもなるわよ~!!」だった。


一ヶ月は一応見学ということで様子を見て、やっていけそうだったので、

ミチコさんは正式に再入団した。

それからミチコさんは、ほぼ休まず練習に来ている。

毎回ご主人の車で乗り付け、ご主人に手を引かれて玄関まで来る。

そこから私達にバトンタッチだ。


毎週見ていると、やはりだいぶ認知が進んでいることがよくわかる。

季節に合わないものを着ていたり、下着が見えていたりする。

言われなければずっと帽子もかぶったままだし、上着もマフラーも取らない。

気付いた人が「あらあら」と言って手伝う。

ミチコさんは「ありがとう~」とニコニコと突っ立って、されるがままだ。

トイレも少し介助が必要だ。

ペットボトルのお茶も、フタがきちんと閉まっておらず

何度かズボンやカバンを濡らしてしまった。

それからは休憩時間も誰かがついて、見てあげるようにしている。


家でのご主人のご苦労を思うと頭が下がる。

でもミチコさん、コミュニケーションはとてもよくできる。

冗談だって言える。

そして、「ありがとう~」「よろしくね~」「ごめんなさいね~」

「ぜんぜんわたしわからないの~」とニコニコ言うものだから、全く憎めない。

こんなに愛らしくボケれる人もいるのかと、

私は、仕事柄興味深く見てしまう。


先日は、とうとう

「住所、電話、名前」の書かれた札を首からぶら下げていた。

迷子にでもなったのかな~?と思いながら、

「いいのぶら下げてるね~!」と私が言うと、

「いいでしょう~!私はすぐ忘れちゃうからね!!」と明るい。

なんか可笑しくて、二人でケタケタと笑った。

ミチコさんの笑顔に癒されている。


そんなミチコさんだが、歌はとってもお上手だ。

高音まできれいに声が出ているし、音程もほぼ正確だ。

声も大きい。

一応ソプラノパートに座ってはいるが、

アルトや、テナー、バスの練習の時も、関係なく全部歌っている。

(本当なら怒られるが、ミチコさんはスルーされている)

楽譜はもう読めないので、耳で聞き取って歌っているのだと思う。

本当に歌が好きなんだな~と思う。

2時間しっかり歌うコーラスの日は、きっとぐっすり眠れることだろう。


そして、ミチコさんが何より大好きなのが、「先生」なのだ。

先生がいろいろ面白いことを言えば、

大きな声で「あははは~!」と笑っている。

そのお顔が本当に嬉しそう。

さすが!!パワフル&チャーミングである。

どこまでも人を惹きつけている。


今年最後の練習日は、私が隣に座った。

締めくくりということで、差し入れがたくさんあった。

パウンドケーキを焼いてきた人もいた。

さすが!オバチャン達はなかなか女子力が高い!


ミチコさんは、「こんなにもらってい~の~?」と嬉しそうだ。

自分で個装を破る事ができないので、

破って手に持たせてあげた。

食べている途中、

「ちょっと先生に挨拶してくるわね~」とニコニコ立って行った。

そして、先生と抱き合って笑っている。


このコーラスにいると

私は時々、ささやかな奇跡を見ているような気持ちになるのである。


     きよしこの夜 御子の笑みに
        恵みの御世の あしたの光
          かがやけり  ほがらかに   

     

                メリ~クリスマス! 





コーラス

先日、今年最後のコーラスだった。


私の入っている、地域コーラスは、

65歳以上の「高齢者」が9割を占めるシニアコーラスだ。

後期高齢者もけっこういる。


先生も最近「後期高齢者になっちゃった~」が、

20年ほど前、近所のママ友たちと始めたコーラスが、

その後、PTAを巻き込み、女性会を巻き込み、

学区外の人を受け入れ、

10年ほど前からは、男性団員も受け入れ、

今や、地域の混声合唱団として成長してきた、ちょっと稀有なコーラスだ。


中には、先生と20年一緒にやってきた団員も何人かいて、

今でこそ「シニアコーラス」だが、

みんなこのコーラスで先生と一緒に年を取ってきたという感じだ。


ここまでこのコーラスがやってこれたのは、

ひとえに、先生の人間性によるところが大きいだろうと思う。

先生は、とってもチャーミングで

パワフルな人だ。


そのパワフル&チャーミングが、合唱指導では絶妙な化学反応を起こして、

面白いことがいろいろと起こる。

冗談をいったり、いろんな発声法や、テレビから仕入れた体操を取り入れたり、

みんなを褒めてみたり、落としてみたり(よく高齢者ネタで落としてます)

本当に感情がクルクル動く人で、

人間味に溢れていて、見ているだけで本当に面白い。


合唱にかける意気込みと熱意はハンパなく、松岡修三にも全然負けていない。

私達が中途半端なことをやっていれば、容赦なくゲキが飛んでくる。


例え、自分よりも年上だろうと、

男性団員だろうと、関係ない。

なかなか、あんなに高齢になってから誰かに叱られる事もないだろうに~、

と思いながら、笑えてくる。

(あ、でも名指しで怒られる事はないです。

 怒られる時はパート毎です。連帯責任が合唱のいいところですね。)

でも、チョイチョイ叱られはするが、それが先生の熱意だとよく分かるから、

「先生があんなに頑張っているのだから、私達も出来ないながらもがんばろう!」

と思わせてくれる先生だ。


パワフル&チャーミングは、面白くて厳しくて、

コーラスに行った日は、いつも心と体がホカホカに温まっている。


そんな先生の指導に魅せられて、みんな全然やめない。

みんなシニアなので、あちこち故障したり、

家族の介護、看病、出産等で、時々長期間お休みしたりもするが、

また元気になれば戻ってくる。

すごいことだな、と思う。


そんな中で、

ほぼ最初からの団員で、認知症になった方がいた。

地域活動、女性会活動などでも活躍されていたミチコさんだ。

ずっと一緒にやってきた先生も仲間も

まさかミチコさんが、あんなに早く認知症になるなんて思わなかっただろう。


ミチコさんはずっとお休みが続き、そのまま退団された。

それから1~2年たった今年の夏、

ミチコさんはご主人に手を引かれて、ひょっこり見学に見えた。


久しぶりに見るミチコさんは、とてもお元気そうだった。

先生は泣きそうになりながら、「よく来てくれたね~!」と手を取っていた。

みんなも声を掛けている中で、

ミチコさんは黙って嬉しそうにしていた。


そしてみんなの歌を聞いて、一緒に歌って、

   また迎えに来たご主人に連れられて、ご機嫌で帰って行った。


そして、次の週、

  またミチコさんは、ご主人に連れられてやって来た。



長いから、続く....。








冬うつよ、こんにちは。

あ~あ。冬うつ。

あなた、まーた うつなの~?

ブログを書いてると、私ってけっこうウツ率高くないですか?

と思う。


日が短くなるとやってくる冬うつ。

今年もちゃーんとやってきた。

そろそろ1ヶ月経つ。


もうすぐ「冬至」。

底辺はそこらへんかな?

そこまでゆっくり降りて行こう。

雪のように。

そう、「六花」「雪の結晶」


底辺ってどんな世界だと思う?

音もなく、色もない死の世界だと思う?


うつは、色んなモノを私からもいでいく。

あれもしたい、これもしたい私から、

希望も、欲望も、未来も、なくしてくれる。

だって、いろんなことを望んでも出来ないんだもの。


夢も見ない、

予定も立てない、

心を慰める歌も口ずさまなくなる。

やらなきゃいけないか、やらなくても済みそうか

そんなことばかり考えている自分になる。


そうして、

ただ「今」を生きるしかない自分だけが残される。


降りていく時はとても怖い時もある。

情緒が乱れて、

自分を見失いそうになる。

心に風が吹き荒れて、寒さに心が縮む。

人が信じられなくなったり、

ちょっとした言動に傷ついたり。

わけもなく泣きたくなったり。


それでも.....


底辺のあたりは、いつもすこしだけ薄明るい。

風もなく、とても静かな世界。

耳を澄ませば、何かが静かに息づいている気配のする世界。


そんな世界に、

ぼーっとした頭で、ぼーっと突っ立っている自分がいる。

いろんな羽根をもがれて「ただの私」で立っている。


仕事もぼーっとした中でやっている。

(でもけっこうがんばって行ってる。

 風邪引くヘルパーや、年末年始の予定で休む人の臨時まで引き受けてやっている。

 今回のうつは、体よりメンタルがきつい。

 だから家でボーっとしてるより仕事しているほうがいいみたい。)


高齢者で「うつ傾向」の方は案外多い。(女性に多い。)

でも、うつの時は、

そんなおばあちゃんたちに上手く寄り添える気がする。

おばあちゃんたちと、

言っても仕方のないことを愚痴り合い、

お互いホッとして帰るのだ。

どっちがどっちを支援しているのやら分からない。


仕事では、当たり前だが気を遣ってニコニコやっているが、

家に帰れば、ジイチャンバアチャンにはいつも以上に話す気が起きず

ちっちゃな事でムカついている。

矛盾だらけの私。


こんな自分だけど、

うつの時は心がけて自分に優しくしようと思っている。

 (だ~れも優しくしてくれないからさ~。)

外出や楽しいことして「気分転換」ができないから、

日常の中で、自分に優しくすること探している。


おいしいもの食べよう。(困った事に食欲旺盛です~。)

ふわふわしたもの触ろう。

   (猫が犠牲になっています。

   (時々抵抗されてばりかかれています。)

   (今も膝の上で丸くなって寝ています。かわいいけど重~~い!!

好きな色の、好きな肌触りの服着よう。


あ~あ、いつもこんな愚痴っぽいブログを読んでくださって

               ありがとうございます。





クラスメイト

娘の話しです。


5月の連休が明けたら、

娘の仲良しグループの中の一人が、

急に学校に来なくなってしまった。


娘はとてもショックを受けていた。

携帯もつながらず、ラインも既読にならないと心配していた。

私は、ちょうど同じ時期に息子が不登校になっていたので、

その子の事も他人事ではなく、とても気になっていた。

娘は、弟と友達の二人分しんどかったのかもしれない。


その友人が、これ以上授業を休むと「留年」が確定すると分かった日も、

本当に気持ちがしんどかったようで、

「初めて保健室でサボった。」と言っていた。

さぼって、保健室の先生とずっ~と喋っていたそうだ。


その日、同じ仲良しグループの別の一人も、朝、家は出たものの

やはりショックだったのだろう、

駅前のスタバでサボっていたらしい。

(なんかカッコイイサボり方だな~。)


その不登校の友達は、

時間がすこしづつ心を癒したのだろう。

学校は来ていないが、夏休みあたりから時々連絡が付くようになり、

最近は、また一緒に遊ぶようになった。

もう一緒に卒業はできないけど、

来年4月からは、一年下の子たちの中で頑張ろうかな、とも話しているそうだ。


娘のクラスには、やはり留年した先輩が一人混ざっており、

娘は出席番号が近かったので、後ろに先輩が座る~と最初は嫌がっていたが、

今ではすっかり仲良しだそうだ。

その子も、最初は色々辛いだろうが、きっと大丈夫だ。


友人は、最近アルバイトを始め、なんだか好きな人も出来たようで、

娘は「なんか楽しそうでイイナ~...」と、複雑だ。

娘は実習を終え、今は国家試験に追われている....。


そんな娘が、先日、

 「また一人来なくなったんだけど」と言った。

その子は先月の実習中、娘と同じ病棟を担当している時に、

急に来なくなったそうだ。


聞くと、その子はかなり複雑な家庭の事情を抱えていて、

聞いてて私はすごく心配になった。

気になってあれこれ言う私に、娘は、

「分かるんだけどさ~。でも私その子のこと嫌いなんだよね。」と言った。

性格がきついし、やさぐれていて、とっつきにくくて「嫌い」だそうだ。


私は娘の言葉に少しビックリした。


娘は、あまりそういう事を言う子じゃないからだ。

小さい頃から、大人しくて、分別のある子で

人を嫌ったり、ケンカしたりする子じゃなかった。

いつも周りを見て、気遣って、そうしているうちに言いたいことも引っ込めてしまうような子だった。


そんな娘が、誰かの事を「嫌い」とハッキリ言ったことにちょっとびっくりしたのだ。

その子だって、いろいろ複雑でやってられなくて、気持ちがやさぐれてしまうんだろう。

でも、その子の素行を見ていて、娘はとても嫌な気持ちがするんだろう。

同情の余地があることも分かっているが、

娘はそれでも「嫌い」なんだろう。


そして私は、

「あ~、娘もそういうことが言えるようになったんだ~。」と

とても嬉しかったのだ。

そんな自分の気持ちを、

素直に、

「普通の事」として言えたことが

私はとても嬉しかった。





ネガティブ ケイパビリティと森田

しつこいけれど、

ネガティブケイパビリティは、

    「答えのない事態に耐える力」だ。


「ケイパビリティ(能力)」は

通常は「何かを成し遂げる力」の事をいう。

 問題に対して答えを出す力。

 出来なかったことが出来るようになる力。

それが「能力」(ケイパビリティ)だろう。


でも、ここでは

逆に、「解決しようとしない力」が問われている。

曖昧にしておく、

対処しようとしない、

ただ持ちこたえる。

何かを「する」のではなく、何かを「しない」

それも「陰性」(ネガティブ)な「能力」(ケイパビリティ)だったのだ。


それらは、くしくも森田の先輩方が言われてきたことと合致していく。

  「宙ぶらりんにしておく」

  「キープする」

  「決めない」

どこまでも突き詰めてしまう神経質者に対して、

 「それ以上突き詰めないで」と先輩達が教えてくれた言葉たちだ。


恐怖や不安のからくりを頭で理解し、納得してから進みたい神経症者に

「どうしたらいいか」ではなく、「どうもしない」ことを教えてくれている

 「ネガティブ ケイパビリティ」な言葉だ。


そういわれても、神経質は曖昧にしておくことが本当に苦手だ。

「え~、どうしても宙ぶらりんにしておけないんですけど~。」となる。

大丈夫。それも能力だがら。

今は出来なくても、少しづつ練習してその力を育んでいけばいいんだ。


そして、いくら考えてもほかに道がなく、

その時初めて、もう考えてばかりいるのを止めて、

言われたように、泣く泣く破れかぶれで日常に手を出していく。

そこから何かが動いていくのだ。


日本の学校教育は、

 「ポジティブ ケイパビリティ」だ、とも書いてあった。

「答えを出す能力」「解決する能力」ばかりが重視されている、と。

学校の宿題やテストには必ず正解があり、

子ども達はいかに速く、正しくそこに辿り着けるか

その能力ばかりが養成されている。


でも、

人生上の問題は、答えのある問題ばかりじゃない。

答えがない。

正解がない。

今すぐ解決はできない。

もしかして何十年先にしか答えは分からないかも知れない。

そんな事の方が、ずっとずっと多い。

もっともっとそういった、不可解な問題の曖昧さに耐え、

受け入れる力を付けて行くべきだ、と。


子どもの世界だって、大人の世界となんら変わらない。

いじめ、学級崩壊、不登校、意見の違い、個性の違い、

最近では人種の違い、言葉の違い、文化の違い

私が子どもだった頃より、ずっといろんな事を複雑に内包しているだろう。


そんな答えのない問題に対して

みんなで話し合ってみたり、お互いの意見や文化の違いを

ただ味わってみたり、

先生も分からないから一緒に考えるね、など。

大人がいつも正解を知っているわけじゃないし、

先生がいつも正しいわけじゃないってことも、すごく大事だと思う。


一生懸命学級会で話し合ったって、

何か合意に至れるわけじゃないだろう。

そんな時、無理やりどこかに着地しようとすれば、

その合意の陰に、必ず踏みにじられ、がまんして引っ込めた誰かの主張があるはずだからだ。

そして大抵それは、引っ込み思案だったり、弱い立場の子だったりだ。


そんな風に簡単に答えなんか手にせず、

それを本当にわかるまで考える事を止めないことが

大事なのかもしれないし、

時には考えるんじゃなくて、

時間や、自然の流れに任せる事で、問題が動いていくということを学んだり、

みんなでその成り行きを見つめてみたり。

もっと「ワカラナ~イ!!」という事を

大事にしていっていいんだと思う。


複雑に様々な要素、意見、違いを内包していればいるほど、

問題も多いが、きっと面白い。

問題を平面化せず、

どこまでも混沌とさせておいたほうが

表面的な問題事項は深いところで熟成し、

いろいろ大事な事を私達に気付かせてくれるんじゃないだろうか。


そういうところから、

人の心も深く豊かになっていくんじゃないだろうか。

そんな事をとっても考えさせられた本でした。


ありがとう~!帚木先生~!!






プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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