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人生の先輩たち

今日の午前中にうかがった88歳のおばあちゃんは、

上品でどちらかと言えば寡黙な方だ。

でも、今日は何のスイッチが入ったのか(多分スイッチは、今日の新聞の一面記事。)

戦争の話になって、

15才という、一番多感な時期に終戦を迎え、

一夜にして世の中がさかさまになった時のことを話してくださった。

「こんなこと息子にも喋ったことないわ。

  表立っては決していえる事じゃないけど、」

と言いながら複雑な心境を話してくれた。


私はなんて答えていいのか分からず、

本当に言葉がなかった。

生々しい実体験の前では、そしてそれを戦後70有余年その胸の中に

刻み付けてきた人生の前では、

平和な時代に生まれ育ってきた私は、

何も言えず、ただ聞いていることしかできない。


「私はね、戦争も経験したけど、平和な中で生きる良さも分かって死んでいくからいいんだけど、

そうじゃなかった人達はね....」

そういって涙ぐまれた。



午後うかがった90歳のおじいちゃんは、

亡くなった奥さんのことを話してくれた。

私は仏間の掃除機をかけるときに遺影を見ていたので、

若くして奥さんを亡くしている事は知っていたが、

話題になったのは初めてだった。


奥さんは、乳がんで55歳で亡くなっていた。

発見が遅れたのが一番いけなかったが、

最後は骨にまで転移してしまったそうだ。

でも、最期まで頭はしっかりしており、

奥さんは痛み止めのモルヒネをとても嫌がったが、

おじいさんは、医者に頼んで内緒で入れてもらっていたそうだ。

そしたら、やはり気付かれてひどく奥さんに怒られたのだとか。

最期の瞬間まで「お父さん...」と話していたそうだ。


「もう27年も前のことだ。」と笑って話された。

あまりにニコニコと話されるので、私が泣きそうだった。


この人には身寄りがない。

奥さんの遺影の横には、息子さんの遺影がある。

写真から見て、10~20代ではないかと思う。


そして更にその隣には、

軍服を着たお兄さんの遺影がある。

遺影は、叙勲か何かの賞状とともに飾ってあり、

以前、掃除機をかけながら一通り読んだことがあったが、

終戦の前年に中国で亡くなっていた。

死んでから勲章や位なんかもらったって、それが一体何になるのだろう。


この方は、この十数年の間に何度も手術や入退院を繰り返されているが、

いつも独りで入院の準備をし、

誰の付き添いもなく、独りで治療を受け、

独りで退院してくる。

「寂しくないですか?」など、言っても仕方のない事を言う私に、

「いつものことだ。」とおじいちゃんは笑っている。


いつも穏やかなこのおじいちゃんの、

その背中の貝殻の中には、一体どれほどの悲しみが詰まっているのだろうと思うと、

やっぱり私は、

ただ「うんうん」とうなづいて話を聞くしか術がない。


今の自分では、

到底分かりえない先輩達の心情を、

分からないまま、私は胸にそっとしまった。


今日はなんだか不思議な日だった。






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混沌の神様

「あるとき、

 混沌(こんとん)という神様が、

 南海の神様と北海の神様を呼んで、ご馳走を振る舞いました。

 南北の神様は大変に満足され、宴が終わると相談して、

 お礼として、混沌の神様に目鼻を贈ることにしました。

 というのも、

 混沌の神様には、目も鼻も口も耳も何もなかったからです。

 混沌の神様が寝ている間に、二人の神様は

 鼻の穴を二つ、口を一つ、目を二つ、耳の穴を二つ開けました。

 これでよいと、二人の神様は大喜びしたのですが、

 その時、もう混沌の神様は死んでいました。」

           (『荘子』より)


今『ネガティブ ケイパビリティ』という本を読んでいる。

その中に出てきた「荘子」からの引用です。

ネガティブ ケイパビリティの意味は、

その副題にあるように、

「答えのない事態に耐える力」だ。

ネガティブは、普通は悲観的なという意味で使われるが、

ここでは、答えの出ない、曖昧な、不可思議な、という意味合いで使われている。

ケイパビリティは、「能力」。


この本の著者、帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんは、

小説家であり、精神科医でもある。

『生きる力 ~森田正馬の15の提言~』を書かれた

森田療法にも精通しておられる精神科医だ。


この「ネガティブ ケイパビリティ」は

なんて大切な心なんだろうと思って、読みながら衝撃を受けている。


帚木先生は、この態度は精神科医として

患者と対面するとき必須の態度だという。


答えを出さない。

分からない事は分からないままにしておく。

不可思議さ、神秘、疑念をそのまま持ち続け、

性急な事実や理由、回答、結論を求めない。


私なんかすぐに答えを求める。

不可解な事態、曖昧な状況の気持ち悪さに耐えられないからだ。

分からないことが不安につながるからだ。

早く解決してスッキリしたい、のだ。

ただ、「分かりたがる脳」は人間の自然だとも箒木さんは言う。

人は分からないことを次々と解明し、

出来ないことを一つづつできるようにして進化、発展してきた。


どちらかといえば

そっちの方が現代人の脳には簡単なのかもしれない。

だけど、

生きていく中では、答えの出ることばかりじゃない。

答えの出ない、

すぐに解決できないことのほうが断然に多い。

1+1=2には、ほぼならない。

人生は公式じゃない。

答えを出す能力よりも、答えの出ない事態に耐え続ける力のほうが

生きていく上でよっぽど大事な力なのかもしれない。


だのに私は、人生にも公式を求め、答えを求め、

正解を求め続けていた。


混沌に耐える。

混沌は、安易に解決しようと無理やり目鼻をつければ

死んでしまう。


混沌を保ち続けることは、

人の心に幅を持たせてくれると思う。

きっとガンジス川のような。


ネガティブ ケイパビリティは、

人生の奥深さ、寛容さ、滑稽さ、自分の無力さを教えてくれるのだと思った。






「対人恐怖」と「人見知り」...②

その、TV番組は、

自称「人見知り」の芸人やタレントが集合し、

自分は「どんな風に人見知りか」

「人見知りでどんなことが辛いか」

「どんな工夫をして生活しているか」という事を

面白おかしく言い合う、という番組だった。


娘と一緒に興味深く見ていたのだが、

話しを聞いているうちに、

私には当てはまらないことが多く出てきた。

「あれ?おかしいな?私人見知りなはずなのに...」


例えば、

飲み会で一人でも知らない人が混じっていると

それだけで警戒心が出て、楽しさが半減する、とか、

初対面の人には全く喋る気が起きない、とか


旦那が言うように「人見知り」は、

人との関係を広げる事にあまり関心がない。

慣れ親しんだ、安心できる関係の中で過ごすことを強く望んでいる人たち

を指しているようだ。

あ~、「人見知り」ってそういう人の事だったのか。

私は衝撃を受けた。

だとしたら、私は人見知りじゃないわ。と思った。


確かに対人恐怖を起こしている時は、

相手が誰彼、恐怖を起こし、だから「人見知り」だと思ってきたが、

それは私の場合、どちらかと言えば神経症症状だったのだ。


人見知りの人達は、

どちらかと言えば、対人欲求が低いのだとも言えると思う。

あえて苦労してまで、人間関係を広げたくない。

でも、仕事上必要な人間関係は仕方なく割り切ってやっている。

そこの割り切りができている人は、

別に人見知りでも普通に社会生活を送っていける。


これは旦那の場合だが、

人にあまり興味を持たないので、

例え人にどう思われようとも、「全く気にならない」そうだ。

周りに迷惑な言動の人がいても、

自分に関わってこなければ、「全くどうでもいい」そうだ。

その辺を歩いている人など、ますますどうでもいい。

そして、「俺には関わってこないで」とまで思っている。


私はどちらかと言えば「逆」である。

どんな人とも一通り喋ってみたいと思うし、

初対面や、ちょっと変わった人であればあるほど

変に好奇心が出てくる。


お節介だし、人の問題にまで首を突っ込んで考えてみたりする。

道行く人や、いつも行くスーパーの店員の動向も気になったりして、

しばらく見かけないと、

「辞めちゃったのかな?」「病気なのかしら?」とか思い

何気に旦那に喋ったりすると、

「心底どうでもいいわ!」と一蹴されたりする。


道を聞かれたりすると、

「よくぞ私に聞いてくれた!!」と思い

絶対ちゃんと分かるように、懇切丁寧に教えたりするし、

何気ない天気の会話でも、その辺の人とコミュニケーションできたりすると

何だか豊かな気持ちになって、嬉しくなる。


元々の性格は、人見知りでもなんでもなかった。


私は決して自分の性格がいいとアピールしている訳ではない。

性格には「いい」も「悪い」もない。

ただそういう「性分」だというだけだ。

それこそ生まれ持ったもので、自分ではどうすることも出来ない部分だろう。







「対人恐怖」と「人見知り」

私は対人恐怖症だった。

だから私は自分が「人見知り」だとずっと思ってきた。


でも、最近あるテレビ番組を見ていて、

「私は人見知りじゃなかったんだ!!」と思った。

これは、結構衝撃的な発見だった。


高校生の時、

生物の実験で血液型を調べたことがあり、

自分がその年まで信じてきた血液型じゃなかった、

という事が判明した時くらい衝撃的だった。

(ただ両親が同じ血液型だったので、子どもも同じだろう

くらいの話しだった。)


誤解を恐れず言ってみれば、

  「対人恐怖」は直るが、

  「人見知り」は直らない。

「人見知り」は、ただの性格傾向だからだ。


うちの旦那は、

昔からずっと「俺は人見知りだ!」と言っていた。

でも、私から見れば、

普通に会社に行けて、友達もそこそこいて、

人間関係で深く悩んだこともない人のどこが

「人見知り」なのだろう、と思っていた。


そして、旦那には昔から

「あんたは人見知りじゃないよ。」とも言われていた。


その理由は、

「いろんな人と付き合おうとするから。」

「あんた辛くてもがんばってやろうとするじゃん。」

「新しい環境にも自ら出ていくじゃん。」と。


旦那曰く、

「俺は新しい人間関係とか、面倒臭すぎて全く求めてない。」

「やらずに済むなら、一切やりたくない。」

「だから進んでやろうとする人をすごいと思ってしまう。」

と言われていた。


でも、私は

ずっと旦那のほうが社会的にいろんな事ができており、

私は全然出来ている気がせず、

全く納得できていなかった。


でも、旦那のいう事は当たっていたんだと、

今になって知る事になる。


続く...





Mさんのこと

Mさんは、

発見会の大事な仲間の一人だ。


13年前に、一緒に森田の学習会を受けた。

私は、対人恐怖が苦しくて、

Mさんは、アルコール依存で苦しかった。


Mさんは、私と年がだいぶ違う。

親子ほど違う。


Mさんは、世話焼きオバチャンだ。

集談会で独身男性がいると、すぐに彼女を世話しようとする。

独身女性がいると、すぐに自分の息子を紹介しようとする。


Mさんは、手先がとっても器用。

集談会に来る時は、いつも手作りのイチゴ大福を持ってきた。

イチゴの季節が終わると、りんごやナシをむいて持ってきた。

陶芸を習っていた時は、小さなお地蔵さんを作ってみんなに下さった。

今は、手芸に凝っているようで、大小さまざまなポーチを作ってはくださる。

ポーチには必ず、刺繍やアップリケが施されていて、

リンゴやカボチャがニコリと静かに笑っている。


そんなMさんが、ある日集談会でぽろっとこぼした。

「アルコール依存はね、発見会の中では少ないの。」

「神経症とは違うからか、あんまりその辛さに共感してくれる人がいないのね。」

「アルコール依存は、一度そうなると世間からはずっとそういう目で見られるの。

治ってからも、ずっとそういう偏見の目が消えないのね。」


私は13年知り合ってはいたが、

そういうMさんの言葉を聞いたのは初めてだった。


Mさんは、13年前の学習会で、一番回復した人だった。

3ヶ月の間に、メキメキ良くなっていった。

でも、良くなってだいぶ経った今も

失った信頼、失った友人を取り戻せず苦しんでいた。


そうだったんだね、Mさん。

全然知らなかった....。

アルコール依存だから、ちょっと違う。とか、

今はアルコールは飲んでいないから、もう大丈夫

くらいに思っていたところが、私にはあった。

でも、Mさんの苦しみは少し違うところにあった。

他人の事は、本当に話してみないと分からない。

内側の事は、外から見ているだけでは本当に分からない。


それまでより

少しMさんのことが分かったような気がした。


例え同じ対人恐怖だって、

    人によってみんな違う。

症状が一緒だから、

    なんか分かったような気になる。

症状が違うから、

    全然分からないような気がする。

でも本当は、

症状なんて、表出しているほんの一部分で、

    苦しみも悩みも、一人一人みんな違うはずだ。

やっぱり本当に大切なのは、

辛い気持ち、苦しい気持ちを、例え理解はされなくても、

そのまま受け止めてもらえることなのかな、と思った。


発見会では、同じ経験をした人は少ない。

でも、Mさんの苦しさを受け止める事はできる。

だからアルコールだろうが、対人だろうが、パニックだろうが

関係ない。

みんな生きていくことが苦しいのには変わりがないんだから。


Mさんのくれるものからは、

Mさんのぬくもりが伝わってくる。


それは、Mさんが失ったものたちへの、愛おしいような

取り戻せないものたちへの、虚しいような

そんな気持ちだったのかもしれない。


これらは、Mさんの「祈り」だったのかもしれない。


昔いただいたお地蔵さんが、今も私の部屋にちょこんといる。

少し上を向き、目を瞑って合掌している。

その口元はかすかに微笑んでいる。

これは、Mさん自身だったのかもしれない。


いつかMさんの祈りが天に通じますように。




クレバス

またブログが開いてしまった...

最近スランプだ。

スランプ?なんの?

わかんないけど。


でも、スランプ。

クレバスに落ちてるような。

クレバスは、氷河や雪渓の割れ目で、

時々冬山の登山者が落ちる。

そこは、深くて寒くて色も音もない世界。

落ちた事はないけど。

映画で見た。


なぜか、クレバスに落ちてるような日々。


いくつかブログの記事を書きかけで放ってある。

頭がこんがらがって

うまくまとめられない。


なんでもないのに、泣きたくなる。

またうつが来た?

そんな感じとも少し違う。


そんな時は、こんな愚痴っぽいことを書いてるのが

一番落ち着く。

こんな愚痴を発信していいんだろうか、という思いもよぎる。

でも、人間はそんなに立派じゃないもん。

だからいいんだ。


愚痴りたい時もある。

誰ともなしに。

泣きたい時もある。

訳も分からず。


いつかは抜けれるだろう。

うつむいて歩いていこう。

雨の日は、雨の中を。

風の日は、風の中を。





プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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