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プール熱...② 

息子と待合室に戻り、

「なんか先生につい言っちゃったね~。」と私は息子に言ったが、

息子は全く気にしている風もなかった。


別にいいよね。

学校やめた。

それは事実だから。

恥じたり、隠すようなことじゃない。

堂々と事実のままであればいい。


息子はちゃんと自分の事実を受け止めている、と思う。

そんな「受け止めている」なんて大げさな事でもないのかもしれないけど、

自分の「いい事」も「悪いこと」も、

そのままに受け止められる「心」はとてもいいんじゃないかな。

と思う。


ただの事実を、

私はずっと受け止められなかったから。


私は、息子くらいの年頃から数年前まで、

自分の嫌なところ、自分の挫折、失敗を

ちゃんと受け止められなかった。

事実のままでいられなくて、

失敗が恥ずかしいとか

取り繕ったりして、

何とか挽回しなきゃ、とか、

このままではいけないとか

そんな風な無駄な努力をどれだけしたことだろう。


ただ事実のままでいる。

こんな簡単なことが、あんなに難しかった。


事実のままでいると、

等身大の自分でいられる。

「ダメな自分」がちゃんと見えてくると、

    不思議と「いい自分」も自然に見えてくる。


「卑下」でもなく、

「背伸び」でもなく、

ただ事実のままでいることで。


息子が、今の自分の状態を、

何の言い訳もせずに、ただ事実のままでいる事。

その事が、とてもいいんだと

私は思えた。


ところで、

プール熱は、子どもの夏風邪と言われているけれど、

大人にはうつらないものなんだろうか?

私はこれで丸々2週間、プール熱菌にさらされているが、

全くうつらない。

でも、19の娘はかかった。

(20歳になったらかからないとか?そんなことある?)


そこで、ググッてみました。

そしたら、

大人もかかることはあるそうです。

ただ以前に同じ型の菌に感染して、抗体が出来ていれば

かからないそうです。


という事は、きっと私は抗体があると思われます!

やった~!!

もうすぐ高知に行くので、かかったらやだな~と思いつつ

この蒸し暑さから、マスクも出来ずにいました。


先生が言っていましたが、

今年はプール熱大流行だそうで、

かなり熱が高く出るのが今年の特徴だそうです。

何と言っても喉の痛みや、伴う咳は本当に辛そうでした。


皆さん、夏風邪にご用~心。(*^-^*)



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プール熱

昨日の夕方、

息子を病院に連れて行った。

小さい頃から診てもらっている、近所の町医者。


ここ数日、熱が上がったり下がったりしていた。

喉が痛くて物が食べれず、咳も出てきて、目が赤かった。

感染源は分かっていた。

娘だ。

娘は、先週発熱し喉が痛くて声が出なかった。

咳もひどくて、学校を一日休んだ。

プール熱(咽頭結膜熱)だった。

それが息子にうつったのだろう。


息子は、右の耳下腺も腫れてきて、触るとめちゃめちゃ痛いと言う。

下がったはずの熱もまた上がってきていた。

こじれてもいけないので、久しぶりに病院に連れて行った。


小さい頃は、すぐに幼稚園などで病気をひろうので

よく病院にお世話になったが、

最近はめっきり行かなくなった。

それだけ丈夫になったのだろう。


娘などはもう一人で病院に行ってくれる。

娘は基本的に病院が好きだ。

私が病院の待時間が苦手なのを知っているので、

先週も、娘は学校帰りに一人で受診し薬をもらってきた。

本当に助かる。


でも、息子はそんなわけに行かないので、一緒に行った。

受付のおばちゃんや、看護師さんたちは

小さい時から知っているので、

今でも、息子を下の名前に「ちゃん」付けで呼ぶ。

「Sちゃん、久しぶりだね~。」

「大きくなったね~!」と、愛想もない息子に

嬉しそうに声を掛けてくれる。


診察室に入ると

「お~、Sちゃん、久しぶり~。」と先生は言った。

先週来た娘と症状が同じなので

「お姉ちゃんのがうつったね~。」と言った。

そして息子に

「Sちゃん、いつから発熱した?」

「学校にいる時だった?家にいる時?」

「今週は学校休んだ?」

と聞いた。

息子は、ちょっと困った顔をして、「家ですけど~...」と言いながら

どう言ったらいいのか分からない様子で私をチラッと見たので、

私は後ろから

「せんせ~。この人ね~学校やめちゃったんですよ~!」

とチクってやった。


そしたら先生は「あ~れま!そ~なの~?」と言った。

「ん~~?じゃ~家にずっといる~?」

「そんなことありませんよ。結構遊びに行きますよ~~。」

「あ~~そ~~じゃあ、外かも知れないけど、まあ今回は

    まずお姉ちゃんからうつったね~~」と言った。


「学校をやめた」と聞いても、先生は顔色一つ変えなかった。

何か気の利いたことを言うでもないし、

いつもど~~~り、

「んじゃ、Sちゃん!薬出しとくからね!

   耳下腺がまだ腫れるようだったら、また来るんだよ!」と言った。

息子は、頭を下げて診察室を出た。


先生にとっては、息子が学校をやめるとか、やめないとか

そんな些細なゴタゴタはどっちでもいいのかもしれない。

大勢の患者の身辺にまで、いちいち関わっていられないというのも

本当だろう。

でも私は、なんとなく先生の性格から、

「とにかく元気でいればそれでいい」と思ってんのかもしれないと思った。

それが医者だから、でもなく、

それが、小さい頃から知っている大人の感情なのかもしれない、と。


先生は、

私が「うつ」だったことも知ってる。

息子が小さい時から引っ込み思案で、大人しかったこともよ~く知ってる。

多分そんなことからも、私はそう感じるんだと思う。

勝手な都合の良い解釈だけど、

そう思ってる方が、なんか幸せだ。


先生の性格からして、

ウチのばあちゃんや、娘が一人で来た時なんかに、

「Sちゃん、ガッコウやめたんだって~?」

なんて探りを入れそうだ。

そんな先生だ。


いろんな大人に見守られてるというのは、

幸せなことだ。


きっと私も、そうだったのだろうと思う。

いろんな人たちに、それとなく気にかけられ、見守られてきたのだろう。

あまりにさりげなくて、私が気付けなかっただけで。


長いから、続く....。





相席

仕事の合間の昼休み、

家に帰るのが面倒で、喫茶店などで過ごすことが時々ある。


ちょうど移動の途中にあって、

なかなか雰囲気が好きな、駅前の古い喫茶店があり、

先日もそこで過ごしていた。


ランチはボリュームがあって美味しく、

店の中年のお姉さんたちも、元気だ。

そこは、決して「ママ友」たちがおしゃべりにくるようなオシャレな店じゃない。


完全にサラリーマンのお昼休み向けな店だ。

高齢者の方たちも案外多い。

一人で来るOLさんもチラホラいる。

常連客が多く、(中年の)お姉さんたちは食事やコーヒーを提供しながら

気軽く声を掛けている。


リピーターが多いのは、

この店が「煙草がすえる店」からだと思う。

店内の9割は喫煙席で、

禁煙席は、出口付近の3席しかない。

私はいつも禁煙席に座るが、私は煙草の匂いは嫌いじゃない。

父親がヘビースモーカーだったからだ。

煙草の匂いは父の匂い。

ちょっと懐かしい匂い、なのだ。


さすがに煙草の煙の中で食事するのは嫌だが、

ふんわり漂ってくる程度なら全然構わない。


私が禁煙席でランチを食べていると、

だんだん混み合ってきて、3席はすぐに埋まった。

そこにひとりおばちゃんが入ってきて、禁煙席を希望した。

「相席になりますが~」と言われ

おばちゃんは私に向かって、

「相席いい~~?」と聞いてきた。


一瞬、めんどくさ。と思ったが、仕方がない。

「どうぞ~ (^-^)」と言った。

お隣の方のほうが、年齢が近くて話が合いそうじゃないの?と思ったが、

おばちゃんは私の前に座った。


「なるべく静かにしていてほしいな~」と思ったのも束の間、

驚いた事に、そのおばちゃんはガンガン話しかけてきた。


この店にはしょっちゅう来ること。

それは、このすぐ隣の病院にかかっており、帰りに寄るからであること。

その病院はエアコンが効きすぎていて、いつも体が冷えてしまうこと。

自分の家は、ちょっと離れた○○区で、

△△病院のすぐ南、「本当にすぐ!!真南の家!」に住んでいること。

そして道を挟んだ反対側には、違う□□病院があること。

それでもなぜ遠くのここの病院にわざわざ来ているか、その理由について.....


一コも聞いてないのに、ぺらぺらとしゃべり、

思いっきりな個人情報まで教えてくれた。

私は本気になれば、多分そのおばさん家に辿り着けると思う。


私は迷っていた.....。


忙しいフリをして、食べたら出ようか。

でも、まだ次の仕事まで時間がある。

  出ても、またどこかでつぶさなくてはならない.....。

    せっかくここでゆっくりしようと思ってたのにぃ~~。

      私の昼休みを返せ~~。


でも、「静かにしていただけますか?」とも言えず、

そうそう邪険にも出来ず、

携帯を触ってみたり、本を開いたりしてみたが、

おばちゃんのおしゃべりは止まらない。

完全にお手上げだった。

このおばさんの口にフタをすることは出来ない。


私が仕事のラフな格好をしていたので、

「スポーツか何かでもやってるの?」など、今度は私の事について知ろうとし出した。

私は適当~~~~に、答えた。

答えながら、

もうこりゃ完全にブログのネタだな、と思っていた。


私は、食べ終わったので、

予定より少し早いが、もう出る事にした。

おばちゃんは、店を出る時まで手を振ってくれた。


あ~あ、

ちっとも休憩にならなかったな~。

残念。

しばらくあの喫茶店のランチには行けないな。

好きなお店だったのに。

相席。

楽しい時もあるけど、

今日はきつかったな~~。(*´~`*)


今度は、おばちゃんのいなさそうな午後に、

コーヒーを飲みに行こう。

煙草の香りをかぎに。





夏は来ぬ

梅雨です。


今年はわりとよく雨がよく降りますね~。

雨が降ると、

  「うっとおしい」とか

  「ジメジメしてやだ」とか

  「気分が塞ぐ」とか、

  「あちこち痛む」とか、

      いろんなことを言われます。


でも、私は雨の日がとっても好きです。


雲に閉ざされてちょっと陰鬱。

人通りもいつもより少なくなり、

みんな傘に隠れて静かに通り過ぎて行きます。

そんな雨の日が、

私はなんだか心が落ち着いて好きなのです。


雨に立つ匂い

雨だれの音

雨が水に作る、いくつもの円

そんな雨の一つ一つが好きです。


よく、アニメやコントで、

ボロい家があっちもこっちも雨漏りして、

空き缶やお鍋や洗面器で受けて、

色んな音を奏で出す。

そんなシーンを見ると、ものすごく楽しそうで、

子どもの頃は、ウチも雨漏りしないかな~、と真剣に期待していました。


台風が近づいてきて、

黒い雲がワ~っと渦巻いて、

どんどん風が強くなってくると、

不謹慎にもワクワクし、

色んなモノが風で飛んでいったりすると、

もっとやれ~~!!!などと思ったりします。

雷が鳴り出すと、

部屋を暗くして窓越しに稲光をずっ~と見ていたりします。


ところで、今の子どもも

雷に出くわすとおへそを押さえるんでしょうか?

私はもう押さえないけど、

子どもの時は「取られたら大変!」と押さえていました。

可愛かったんですね~。


今日は「夏至」です。

  今日は、一番昼の長い日です。


夏の夕立なんか、力強くて大好きです。

思いっきりがよくて、スカッ!とします。

大粒の雨が跳ねて、道が真っ白になるような雨の中では、

傘を差していても、何の役にも立ちません。

そんな夕立が大好き。


私ってちょっとMなのかな~.....??  




安全神話

先日、買い物や用事を一気に片付けようと思って、

自転車であちこち走り回っていた。


調子よく用事は片付いていったが、

重い荷物は最後にと思い、スーパーを最後にしたが、

その前に行ったドラッグストアで、かなり買ってしまって、

とても持ち歩けなかった。


それで仕方なく、かごネットを掛けて

自転車に置いてくことにした。

一瞬「取られたらやだな~」と考える。

でも、周りを見ると、荷物の入ったままの自転車も何台かある。

さっさと買い物を済ませてこればいいわ、と思い、

なるべく往来の激しい場所に自転車を置いていった。

週末だったので、往来は結構あるしきっと大丈夫!と思った。


そしてスーパーに入ると、

目の前の事に気を取られて、荷物の事は忘れてしまった。

スーパーは、私にはかなりの集中力が必要だ。

買い忘れたくないし、いつもより安くなってるものが誘惑してくるし、

さらに人に会ったりもするし...

要⇔不要 損⇔得  を瞬時に判断しながら歩いている。


買い終わって自転車に戻ると、

果たして、荷物はちゃんとそこにあった。

忘れてたくせに、ホッとした。

そして自転車の鍵を外そうとポケットをゴソゴソ...

ん~??...

アレ~??


ふと、自転車を見ると、鍵は付いていた。

掛け忘れたのだ。

荷物に気を取られていたので、忘れたのだ!

あらら~。

なんて無用心な自転車でしょう!

鍵もかけずに、荷物まで置きっぱなし。


その時、

テレビで、イタリア人観光客が日本に来て驚いた話を思い出した。

店先には、露天で商品がズラ~っと並べられている。

「信じられない!!」と。

「イタリアだったら全部盗まれてしまうわ!」と。


確かに。

ここがイタリアだったら、

私はその日、自転車ごと荷物を持っていかれたことだろう。


あ~、ここが日本でヨカッタ


そのイタリア女性は言っていた。

「日本は、電車の中で居眠りしている人がたくさんいてビックリ!!」と。

イタリアでは、電車で眠ったらスリの標的になるから誰も眠らないそうな。

なかなかスリリングな日常じゃないか。


そんな話を聞くと、

昔よりは、いろんな事が安全ではなくなったけれど、

まだまだ日本は、安全、安心に暮らせる国なんだな~と思う。






舌切り雀

トーク番組で、

ある女優さんが語っていた。


「舌切り雀」の、舌を切るおばあさん役をやったそうだ。

正確には、舌を切るのではなく、万力(まんりき)というペンチ的な物で、

舌を引っこ抜いたらしいが、(ヒ~っ!)

恐っろしい形相で引っこ抜く姿が、とてもハマリ役で、

評判になったのだそうだ。


女優さんはこんな風に言っていた。

「スズメの舌を切ってしまえ!という恐ろしい心と、

フワフワした小さなスズメは可愛らしい。という心と、

私の中に両方あるわけですよ。」

「それをどう表現しようかと思ってね。

雀の舌を切った後、空にぱ~っと放ってやりながら、

空に向かって、アハハハハ~!と笑ったのです。

明るく笑うことで、二つの気持ちが私の中で

中和されるっていう気がしましてね~。」


聞いていて、

それって「感情と理知の調整」に似ているなと思った。

「純な心」と、「理知」や「思考」。

「かくあるべし」だって、

人間は社会的動物だから、ある程度、枠組や約束事が必要なわけで、

代々命を紡いできた中で、年月をかけて脳みそや遺伝子の中に、

叩き込んできたもの多いだろう。

そんな暗黙の縛りの中で、私達の社会生活は成り立ってもいるのだろう。


そうした「思考」や「理知」と、「個としての欲望」の狭間で、

いつも葛藤する。

「純な心」だけで生きれば、語弊が生じるし、

「理知」だけで生きれば、息苦しい。

でも、私達にとってはどっちも大事で、

どっちも失くしちゃいけない。


「感情と理知の調整」

その両方をすり合わせ微調整していく時、

ちょうどいい加減なところにいけるのだと思う。


その女優さんの演技も、

ノリをなめてしまったスズメが、憎いばかりでもない。

スズメを哀れむ気持ちもある。

舌を切った後悔も、多分ある。


きっといつも心の中には、いくつもの感情がゴチャゴチャに

存在していて、どれが本当とか、どれが嘘とかでもなく、

そういう状態が、自然なのだろう。


ただの、恐ろしく見えるおばあさんの中に潜む、

小さな生き物への愛情。

それはとても人間のリアルな姿だと思う。

その方の演技の中に、人はリアルな感情を見、

心打たれるのかもしれない。


白雪姫に毒りんごを渡したおばあさんも、

ヘンゼルとグレーテルに釜で焼かれたおばあさんも、

きっとそうだった。

(どうして童話って、おばあさんばかりが悪者なの~?)


絵本の中の悪い魔女なんかじゃない。

ちょっと嫉妬深く、

ちょっと欲が深く、

生の欲望を忘れ、復讐心にとらわれた、

ただの人間の姿だったのかもしれない。







土佐の人

夕べ、そろそろ寝ようかな、と思いながら

チャンネルを変えていたら、ある番組に目が止まった。


町をぶらぶらしながら、古いカフェを紹介する番組で、

昨日はそれが、「土佐」だった。


来月、高知(土佐)に行くので、ぼ~っと見ていた。


高知駅前だろうか?

銅像が3体並んで建っている。

「坂本龍馬」は、分かる~!

「中岡慎太郎」..? 名前は聞いたことある。多分幕末関係。

「武市半平太(たけち はんぺいた)」...?? 誰~? ハンペイ?

....

「森田正馬」は~~?


やっぱり、まだまだマイナーな森田先生。

将来、高知駅にとは言わない。

野市駅前でいいから、誰か森田先生の銅像を建ててくれないかな~。

などと、

負けず嫌いが顔を出し、そう思ったりしたが

いやいやいや、やっぱり違うわ。


森田先生なら、

「そんな、銅像なんて無意味なものにお金を遣うなら、

         そのお金で、もっと有意義な事がいろいろ出来るだろう!」

きっとそう言う。

そうだそうだ。銅像なんか、どうでもいいんだ。


番組は、なんとも呑気な番組だった。

町を歩き、古い建物を見、

コーヒーをすすりながら、人に話を聞く。

BGMはウクレレだ。

癒されるわ~。(* ´ ▽ ` *)


土佐の人達は、

道行く人も巻き込んで、一緒にワイワイ

飲み食いするのが大好きだそうで、

人をもてなし、喜んでもらうことが大好きなんだそうだ。


森田先生も宴会だ!行楽だ!と賑やかな事が大好きだった。

自ら進んで、へんてこな踊り?ドジョウすくい?か何かを披露し、

みんなの度肝を抜いていたとか。

自分も楽しみ、人に楽しんでもらうことが大好きだった先生の性格は、

土佐人の気質だったのかな~?


そして、土佐には、なんとモーニングの文化があるそうで、

紹介していた古民家カフェは、

昼を過ぎてもモーニングをやっていた。

サラダやグラタンやスープ、デザートまでついて超豪勢だった

この辺りの、一宮や岐阜の喫茶店にも負けないような

すごいモーニングセットだった。


高知に行ったら、

朝ごはんは、喫茶店のモーニングセットで決まりだな~





梅どろぼう

うちの爺さんは、

近所の公園の花壇を世話している。

元八百屋なので、朝にチョ~強く、日の出とともに動き出し、

ドアが何度もどったんばったんした挙句、

カブで出かけていく。

 

まあ本当に、存在感があるというか、

あの人がいるだけで、本当にどうしてあんなに

いろんな音がするのかと、いつも思う。

ご飯を食べている時も、なんの景気づけか、

箸で茶碗をチン!チン!と叩いている。

(茶碗が割れるだろ~!(`ω´*))


そんなじいさんが、先日青梅を2~3個拾ってきた。

世話している花壇の中に、小さな梅の木があって、

木の下に落ちていたのだという。

初めて実がなったと、ビックリしていた。

私はちょうどその時、梅酒を漬けようと準備していたので、

その梅も加えた。

そしたら、次の日もちぎってきた。


そんなに成るものなのかと思って、公園に見に行ってみると、

膝丈くらいのかわいらしい梅の木で、

盆栽していた人が公園に置いて行ったものを、じいさんが地植えにしたらしい。


こんな小さな木でも梅が成るんだ!とちょっと感動し、

梅はスーパーで買うものだと思っていたが、

犬の散歩をしながら、梅の木を探すようになった。

そうしたら、ありました~!


空き家になっている、ボウボウの庭の中に梅の木が!

黄緑色のふっくらした梅の実がたくさんなっている。

そして手が届くところの実を、いくつかちぎってきた。

洗って乾かして、冷凍庫にしまってある。


空き家の梅、どうせ落ちて腐ってしまうだろう。

もったいな~い。

こんなにいい梅だもの。

人目をはばかりながら、犬の散歩のたびに

ちょっとづつ拾って集めては冷凍庫にためている。

(リスみたい)


そして、

もう一瓶、梅サワーでも漬けよう!ともくろんでいる。

子ども達や、ばあちゃんのために。






集談会

つい最近、思い出した感情がある。


うつの時、

どんどん社会との接点が切れて、

人との交流どころか、家族との交流も最低限になって行った時、

体調のいい時を見計らって、集談会に参加したことがあった。


体も心も鉛のように重たく、引きずるように参加した。

そんなダダ下がりのテンションでドアを開けると、

そこに懐かしいみんなの顔があった。


そして、

「久しぶりだね~。」

「元気にしてた~?」

「最近六花ちゃん来ないねって言ってたんだよ~。」

と温かく声を掛けてもらった。


その時、

「私ここに居てもいいんだ」と素直に思えたのだ。

もう私の居場所はどんどんなくなっていた。

笑うことも、笑いかけてもらうことも、少なくなっていた。

そんな中でみんなの温かさに触れ、

「私いつここに来てもいいんだ。」

と思えた。


私は、ずっと集談会の中に居場所がないと感じていて、

自分の悩みを喋る事も、人の悩みを聞くことも苦手だとずっと感じていた。


その時、

どんな話をして、どんな話を聞いたか覚えていないが、

ただ、人の話を聞きながら

「みんなも苦しいんだな~、みんなもいろいろあるんだな~。」

と思った。


「だから、自分ばかりが苦しいんじゃない。」とかでもなく、

「だから、頑張らなきゃ」でもなく、

ただそう思った。


そして、その場にいただけだったように思うが、

ただ黙って座って過ごしてもそれでもいいんだ、と思った。

「ここに居ていい」という感覚が有難かった。


そしてそんな皆を見ながら、

「あ~、私が家で臥せっている時も、

     毎月みんなはここでこうして集っていたんだな~。」と思った。

そして、

「私もここの一員になりたいな」と思った。


それまで集談会で、何かを求める気持ちが強すぎたのか、

不満ばかり感じていた。

「何かをつかまなきゃ!」とか

「がんばって喋らなきゃ!」とか、気負いもあった。


でも、その時は

いろんなものを失い、

もう何かを求める気力もなくて、

ただ、どこかに居たくて参加したのだと思う。


何もつかめなくてもいい。

何も話せなくてもいい。

何も出来なくても、

私はあそこにいてもいい、と思えた。


その時から、集談会への姿勢が変わっていったように思う。

その時から、そこは私の大事な居場所になっていった。


なぜかそんな大切なことを忘れていた。

  先日、その集談会に参加した日の夜、

        ふっとよみがえってきた感情だった。






悪魔の日

もうすぐ梅雨ですね~。

明日は、ゾロ目の6月6日。

6月6日って、何の日か知ってます~?


この日が来ると、私はつい思い出してしまう事があるのです...


それは、

高校2年の時のクラスメイトの事。

彼女は誕生日が6月6日で、自己紹介などのたびに、

「私は6月6日の悪魔の日に生まれたのだ~~!!ワッハッハ~!」などと

かなり独特の自己アピールをしていた。


私は、6月6日が「悪魔の日」だという事も知らなかったが、

悪魔というワードのせいか、何か私の脳の中に、

強烈にインプットされたものと思われる。

そんなわけで、彼女とは特に仲が良かったわけでもないのに、

この日がくるとつい彼女を思い出してしまうのだ。


彼女はかなり個性的な子だった。

科学部に所属していて、科学が大好きな理系女(リケジョ)だった。

科学実験では嬉々としていて、アルコールランプの匂いがどうのこうの

と実験器具の話しになると止まらなかった。

重ねて言うが、私はこの子と仲が良かったわけではない。

誰彼構わず一方的に喋る傾向があり、

当時、すでに対人関係がきつかった私にとっては、

その子のマイペースさが羨ましかったし、

あ~あ、私もこんな風に能天気に生まれたかったな~。などとよく思った。


そして、特に記憶に残っているのが、

彼女は自転車で通学していたが、

ちょうど通学路が市バス路線に併走しており、

彼女は、毎朝市バスと競争してくるのだった。

そして教室に入るなり、

今日は勝った、今日は負けたのと、汗をかきかき報告していた。

「バスのヤロウが信号でつかまったから、今日は楽勝だったわ~~!

                   ワッハッハ~~~!」という具合に。

そして負けた日は、明日こそは!と意気込み、

しまいには市バスのダイヤを覚えこみ、

何分に家を出ると、あの信号がクリアできるなどの

綿密な作戦まで練っていた。


私は心底どうでも良かったが、

ある意味すごく尊敬していた。

だって、通勤客や同じ高校の生徒で満員のバスだ。

それらのたくさんの視線が気にならないなんて!

毎朝、そのバスと抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げてくるなんて!....


男子や、外見ばかりが気になる女子が多い中で、

その子は、本当に変わっていた。

そして私はと言えば、

人目や人の思惑ばかりを気にしていて

のびのびと楽しんで何かやることが本当に出来なかったので、

こんなどうでもいい事でも、こんなに一生懸命になれる彼女が

私はやっぱりとっても羨ましかった。


元気にしてるかな?

今はどんなオバチャンになっただろう。


私は、あなたの独特の自己PRのおかげで、

30年経った今も、あなたの誕生日が忘れられない。


ずっと会ってないけど、

Dちゃん!

誕生日おめでとう!






プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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