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犬とお花見

柴犬のマリにとって私は、

飼い主というより、完全に同等な「友達」と思われている気がする。

散歩に連れてってくれ、

ご飯をくれる私のお友達。と。


街角に、桜の古木が3本並んでいるところがあり

毎年見事な花を咲かせる。

朝、そこまで花見がてらマリを連れて散歩に行った。

マリにも桜を見せてやろうと思ったのだ。


その日、ちょうど満開。

マリにホラ見てごらんと指を指すが、マリは見ない。

私の指を見て、匂いをかいでいる。

犬が上を見上げるような事はほとんどない。


その代わりに、

下に落ちた桜の吹き溜まりを

かぎ回っていた。

「花見」じゃなくて、これじゃ「花嗅ぎ」だ。


犬にお花見は出来ないんだな...

そう思い、引き返す。


でも、帰り道、マリの様子を見て気付いた。

マリの目線で咲くのは、

スミレ、タンポポ、ホトケノザ。


犬に桜は見えない。

桜の淡いピンクも、犬の目にはほぼ白く見えるだろう。

チューリップなどプランターの花も、

犬には背が高すぎる。


犬がよく知っている仲良しの花は、

道端に咲く、野の花たち。


タンポポの力強い黄色や

スミレの紫なら、よく見えるかもしれない。


マリはちゃんと春を楽しんでいた。





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先生の名前に込められた意味

『森田療法の誕生』(畑野文夫 著)を読んでいて、

ふと思った事があるので、書いてみる。


それは、先生の名前について。

先生の名前「正馬」は、

「まさたけ」と読んだり「しょうま」と読んだりする。


どちらが正しいかは、よく分からないようだけれど、

私はやっぱり、本名、つまり親が付けたのは

「まさたけ」だったのではないか、と思う。

理由の一つは、

おじいさんは、正直(まさなお)。

お父さんが、正文(まさふみ)、だからだ。

その流れでいくと、

長男の先生は、正馬(まさたけ)が自然かな、と思う。

(ちなみに弟さんは、「徳哉(とくや)」といった。

          若くして日露戦争で、戦死されている。)


しかし、

後年は、間違いなく「しょうま」で通っていたようだ。

この本の中にもあるが、

生活を共にしたお弟子さんの証言や、

論文のサインが「しょうま」になっている事からも、まず間違いないと思う。


だが、「しょうま」はやはり通称だったように、私は思う。


だとしたら、なぜ訓読み「まさたけ」から、

        音読み「しょうま」に読み替えたのだろうか?


話は変わるが、

例えば、お坊さんになる人は、

修行に出る時に、名前を音読みに変える事がある。

これは、あるテレビドラマでのシーンだが、(情報源が低俗で恐縮です)

そのドラマの子は、寺の息子で、顕良(あきよし)という名前だったが、

高校の夏休みが明けると、頭を丸めて、顕良「けんりょう」になっていた。


仏教は、インド、中国から入ってきているので、

漢字文化。しかも音読みだ。

お経も全部漢字で書かれている。

用語には、サンスクリットの言葉も多いようだ。

だからお坊さんの名前には音読みが多い。

仏教界のスーパースター達は、みな音読みだ。

    空海、親鸞、一休、法然、日蓮、最澄....。

                   

ちなみにですが、

神道は、「やまと言葉」(古来から日本で使われた言葉)が使われる。

「かしこみ~、かしこみ~...  」というアレです!

そして、神主さん、禰宜さんなど、神々に仕える方々の名前は、

訓読みなのだそうだ。

(これもテレビ情報。「ぶっちゃけ寺」


私はその本を読んで、

森田先生と仏教との、切っても切れない深い縁を見た。

深いところ、その根底で、科学と宗教とが、相共鳴し合う不思議な光景を。

森田先生が科学の手法で、事実を追い求め追い求めてその先に見たものは、

2000年以上も昔から、仏教がその叡智として内包してきたものと

響きあうものだったのではないだろうか。


先生は、

自分の名前を「しょうま」と音読みに変えることで、

その中に、仏教の叡智への畏敬の念を込めたのではないだろうか。

そんな風にふと、思ったのだ。


もし、そうだとしたら、

やっぱり私はそんな先生に敬意を込めて、

明日からも「森田しょうま先生~~!!」

と呼ぼうと思う。






春の海

春の海 

  ひねもす のたり のたりかな

               

桜の咲き始めるちょうど今時期、

私はよく精神的危うさを感じる。

「木の芽・枯れ時」とはよく言ったものだと、本当に思う。


感情の海を漂うクラゲには、

春の海は、少し辛い。

まどろむような波では、乗ろうにも乗れず、

かといって、大きくうねる外洋にまでくり出す気力も出ない。


春のうつは、骨を抜かれたクラゲのようにけだるい。

(元々クラゲに骨はないね!)

仕方なく、タプンタプンと同じところで

漂っているが、

そうしていると、気が狂いそうになる時間がある。


過去の辛かった事がよみがえってきて、胸がつぶれる。

春休みに入って、聞こえる元気な子ども達の声が、

スーパーで見かける母子の姿が、

私を過去へと引き戻す。


今も続く辛いことが、いつもの事なのに、

ことさらに辛くなる。

来年も、再来年も、まだまだ続くのかと思うと、

耐えられない様な気がしてくる。


振り切るように、玄関を掃いてみる。

外の風に当たり、

日の光に当たると、

少し落ち着く。


でも、美術館や買い物にくり出す気力は出ない。

誰かとお茶して喋るのも、別にいい。

せいぜい、玄関先の犬と遊ぶくらいだ。


春のうつの、凪の海の中は、

逆に溺れそうで怖い。


家から出なくても出来ることあるかな?

一人でも出来ることあるかな?

5分10分で出来ることあるかな?


引き出しの整理でもしようか。

懐かしい漫画でも読もうか。

パズルでもしよか。

写経でもしよか。


どこまでものん気にたゆたう春の海の中で、

それでも生きる術を探している。





身勝手

「身勝手だ!」と昨日は何度も言われた。


「身勝手すぎる!!」...と。


身勝手はそんなにいけないだろうか?

「身勝手。」大いに結構じゃないの。

自分でも身勝手な事は自覚している。(つもりだ)


でも、私はやっとこさ身勝手に生きられるようになれたのだ。

以前は、

どんな状況でも周りばかりが気になり、

自分の心の事実を無視し続け、

周りに合わせ続けたから

心を病んだのだ。


その辺の人に「あんたは身勝手だね」と怒られても、

森田の先輩には、

後輩が「身勝手に」生きれるようになったことを

もう少し喜んでほしかったな...。

(ま、それも身勝手な願望デスネ...)


私どうすりゃよかったのかな~~~?(*´~`*)


今私がお気に入りのシンガーさんです。

   「私をたどる物語」 唄:熊木杏里


https://www.youtube.com/watch?v=TPbRimKEnvE







梅田原著の会 ルポ...④

山中さんのお話の中で、

一番心に残ったこと。

それは、「自然に任せる」ことについての話。


自然に任せる、とは。

      宙ぶらりんでいること。

      海に漂うクラゲのように。

      ふわふわと揺れるままに揺れている。

      つかまるものは何もない。

      ただゆらゆらと。

      不安定と安定の合間を。

      雑念と無想の間を

      苦と楽の間を。


不安定なままに、自由に行き来すればいい。

「進もうか。」「やめようか。」その間を。

心のままに自由に行ったり来たりすればいい。

何も決めなくていい。

覚悟もできないまま進めばいい。

迷っちゃダメだ、とか、頑張らなければ、と思わなくていい。


何があろうと。

何が起ころうともだ。

そこには秘訣も何もない。


自然に任せる。

自然に任せているとき

ふと、状況に応じたいい考えが浮かんだりします。


というお話だった。



何にもしがみつかず、

何にもつかまらず、

ただ、自分の足だけでそこに立つ。


不安定で不安ですごく怖い。

そうして世界と向き合う時、

精神活動や身体活動

そのあらゆるものが、宇宙の一部となって、

宇宙の法則に則って動き出すのだと思う。

(宇宙の法則だから、宇宙人でもダイジョーブ!)


森田先生がよく読んだという仏教の本「原人論」(げんにんろん)に、

こんな記述がある。


「一切の生きとし生けるものには、本来存在している本覚の真心があるという。

この本覚の真心は、無始無終なるもので変化がなく、

本来清浄であるとともに、明らかなるものでそれはあたかものようなものである。

本覚の真心は、一切の万物を知っており、けっしてあいまいなものではない。

この真心は仏と同じ性質であるから仏性とも言う。」


自然に任せる時、

本覚の真心が働き出すのだと思う。


※『原人論』は9世紀に華厳宗の第五祖宗密によって書かれた論書。


梅田原著の会 ルポ...③

山中さんの第五巻の解説は、何というか

すごかった。

小一時間、一人で喋り続けていた。

(そうか!それを書き留めたのが、おじさんの紙束だったんだ!!きっと!)

その日の五巻の内容は、お釈迦様の話だった。

お釈迦様も、神経症だったのだ。


それらの言葉は、

山中さんの心の泉から、水がこんこんと湧き出てくるかのようで、

時間が許すなら、山中さんは、

2時間でも3時間でも喋り続ける事だろう。

その声は、本当に80歳の人の声だろうかと思うほど、

不思議な力がこもっていた。


こんな風に書くと、

まるで山中さんは、悟った仙人か何かのような人かと思われるかもしれないが、

失礼を承知で言うが、

山中さんは決して立派な人でもなんでもない。

(山中さんが、決っしてこのブログを読みませんように~...)(・ω・;)


ただの普通の大阪のおっちゃんである。


強いて言えば、宇宙人のような人だ、と私は思う。

(前回から宇宙人多用してます。

どこまでも自分らしく生きている人。

変なまま、それを貫き通して生きている人。

変に安住している人。

....

森田を極めていけば、

正々堂々と、変な人生のど真ん中を歩いていける。

(大真面目に書いているのですけど、書けば書くほど誤解を受けそうです。)


でも。

だからこそ、

山中さんに会うと皆安心するんじゃないだろうか、と私は思う。


山中さんから伝わってくるメッセージ。

それは、ただ「大丈夫ですよ」ではなくて、

「大丈夫じゃなくても、大丈夫ですよ。」というか、、、。


今のあなたで、何の不足もないよ。というか。

例え今、あなたが、何も持ってないように思えても、

例えあなたが、何も出来ないように思えても、

あなたがあなたらしく生きるのに、

必要な物は、あなたの内側に全てちゃんと揃っていますよ。

と言われているような。


だから、

今のあなたで充分なんですよ、と。

だから、

そのままのあなたでいいんですよ、と。



あと一回、ルポを書きたい。


山中さんの言葉の中で、

ストーンと私の心の奥に落ちていった言葉。

それについて...。


つづく





梅田原著の会 ルポ ②

梅田原著の会で

とても心に残ったやり取りの一つを書きます。

(今日は真面目に書いています!)


書きなぐった少しのメモと、記憶だけで書きますので、

細かな部分は、多少の脚色があります。


ある方が、自己紹介でこんな事を言った。

「今の時代、どんどんスピード化、IT化していて、

不器用で融通の利かない神経質の自分には、ついていけない事が多い。

ロボット化で人間はどんどん必要なくなっている。

新しいシステムにもなかなか上手く対応していけない。

ゆっくりだけど仕事が丁寧な神経質には、とても生き辛い世の中だと感じる。

さすがの森田先生も、こんな時代がくるとは想像していなかったのではないでしょうか?」


「ちょっと分かるな~。」と思って聞いていた。


それに対して、山中さんはこんな風に言っていた。

「神経質の人は、どんな時代、どんな世の中でも、

      うま~く生きていく人物だと思いますよ。」と。

「どんな世の中になろうとも、せま~い隙間をうまく見つけて、生き残るのが神経質です。

嫌だ嫌だ、辛い辛いと言いながら、何となくしぶとく最後まで生き残ってるんですよ。

                  それが神経質なんですよ。」と。

「私なんか対人恐怖症だったからね。

     だいたいが社会に適応なんてできてないんですよ。」

「ずっと適応なんてしてません。山中さんは勝手だね、とか色々言われます。

 そもそも適応してないんだから、私はどんな時代がやってきても平気です。

      生きていけます!だって、適応してないんだから!!

         だから私は、例え宇宙人がきても大丈夫です!(爆笑)


私は、前回のブログを書いてみて思った。

神経質自身が宇宙人のようなものかもしれない、と。

だから、地球の生活が生き辛いのは当たり前なのかもしれない。笑

宇宙人的視点で物事を見つめて、

考えること、感じる事が、みんなと全然違ってもいいのかもしれない。

下手に適応などして、地球色に染まることなく、

どんなに変!頑固!と言われようと、

どこまでも宇宙人らしく生きればいいのかもしれない。


さらに、山中さんは続けた。

神経質は、生き方(行動)が極端にならないです、と。

いつも葛藤しているから、「嫌だからや~めた!」でもなく、

好きだからのめりこむのでもない。

「嫌だけど、やっぱりやらなきゃいかんな~」と思う。

「好きだけど、やりすぎたらいかんな~」と思う。

そうして結局は何となく中庸な選択をするから、行動は決して極端にならない。

怖がりだから、人との摩擦もやんわり避ける。

危険な事は、注意したり避けて通る。

イヤダイヤダと言いながら、しぶとく最後まで残っているのが神経質なんだと。


「どんな時代でも行けます。大丈夫!」

「あなたもそのままでいいんですよ!!」

「充分。よくやっておられます!!!」

「ハイ、ご苦労様!!!!」


私は、う~~~~~~~~ん、

        すごいな~~~~~~!!!!と思いました。



梅田原著の会...余談編

山中和己さんのことについては、

書きたいことはたくさんあるのだけれど、、、。

煮詰まると書けないですね~~。


という事で、

ちょっと小休止しま~す。


これも梅田の話には違いませんが、

余談です。


一番最後に自己紹介をした、年配の男性のお話。


もう長く森田を学んできた方で、

地域の民生委員さんを7年もやっておられるそうだが、

年齢とともにしんどくなってきて、そろそろやめたいのだと言う。

神経質のよさを生かして、頑張って来られたのだな~、と思った。


その方は強迫神経症で、

不完全恐怖だったり、

道に落ちている物が気になって仕方がないのだそうだ。

道に落ちてるものって、例えばどんなモノなのかな?と思った。


今、息子さんが仕事を辞めてしまったそうで、

その事で、親としてとても頭を悩ませているところです。と言われた。

その日も、奥さんと息子の事で口論になり、

その勢いで八つ当たりされたそうで、

奥さんに、

「アンタなんか、森田か何か知らんけども

    ずっと勉強しとっても、ちっとも良くなってへんやんか!!」

と言われたそうだ....。

八つ当たりにしても、ひどい言われようである。

「俺はな、ずっと勉強していかなかったら戻ってしまうから、勉強しとるんや!!!」

と言い返したという。

おじさんは真面目に話しているのだが、

そのリアルなやり取りが、

私の頭の中にはもう吉本新喜劇しか浮かばなかった。


そして、大変に勉強熱心なおじさんの手元には、

びっしりと何かを書きとめたA4の紙の束が置いてあり、

(私の斜め前に座っていたので、よく見えたのだ。)

老眼鏡をかけてその紙束を見つめながら、山中さんに、

「以前○○○という事をお話されたのですが、その意味をもう一度教えて頂けませんやろか?」

と言った。

山中さんは、「それは私はどんな内容の時にそう言いましたかね?」と聞いた。


私はてっきり、その紙束の中からその情報を出してくるのだと思ったが、

おじさんは、

「いや、それは私もはっきり覚えておらんのですけど。」と言った。


私は心の中で、思い切りズッコケた。

そして、

「その紙束はなんやってん!!」と思いっきり突っ込んだ。


もちろん心の中で、である。


おじさんは「どっこい生きてる」のだ。

悲しいまでに神経質。

でも、だからこそ地域のためにいろいろ頑張れる。

でも、小さなことにもクヨクヨしてしまい、悩んでしまう。

優しいから、奥さんも言いたい放題である。

     (きっとアニマル柄を着ているのだろう。)


山中さんは、

おじさんにももちろん言うのだった。

「ようやってはります。」と。

「民生委員は、今の時代、やり手がありません。

これからもどんどんやる人はいなくなります。

7年もよう頑張らはりました。

自分のやめたい意向は、ちょっと先方に伝えてみたらどうですか?」

と。


おじさんは、ちょっと照れくさそうに笑うのだった。






梅田原著の会 ルポ①

先日、「梅田原著の会」に行って来た。

その内容を是非記録に残したい。残さなければ、と思う。


夕方大阪に入り、18:00~21:30まで会に出て、

また新幹線に飛び乗り、夜11:30頃家に帰って来ることができた。


この会は、今まで参加したどの集談会とも全然違う会だった。

(と言っても、そんなにいろいろ参加していないのだけれど。)(´∀`;)


この会は、

「森田正馬全集 第五巻を読む」というテーマの会だが、

この会の中心には、

山中和己氏という大先輩がおられ、

自己紹介の時、山中さんが一人一人にコメントを下さり、

第五巻の解説も山中さんがしてくださる。


参加者は20名近くあったが、

要するにここに来る人達は、

山中さんに会いたくて、

山中さんのお話が聞きたくてこの会に集まってきているのだった。


駅前ビルの5階。

山中さんの後ろの窓ガラスのブラインドは、閉められることなく、

大阪駅やビルの灯りが一面に見えている。


始まってからも、遅れて一人、また一人とやってくる。

おそらく仕事帰りなのだろう。

最後の1時間になっても、まだやって来る人もいた。

そうやって来たけど、疲れて寝てしまっている人もいた。(笑)

松葉杖をつきながら来た人もいた。

自己紹介して、山中さんとお話してホッと笑顔になって、早く帰っていく人もいた。


休みの人、

仕事の人、

主婦の人。

土曜日の夜の数時間。

本当に30分でもいいからここに来て、

束の間休息して、また雑踏の中へ消えていくというか。

もう森田の理論については、きっと充分に分かっているような層の方達。

勉強に来ているのじゃない。

理論が分かったって、人生は問題だらけで、辛いことだらけで

悩みは尽きない。


ここに来て羽根を休めたいのだ。

五巻の中の、森田先生の言葉を聞いて、

そして、山中先生の言葉を聞きたいのだ。


参加してみて、分かる気がした。

私も是非また行きたい。

今年中に必ずもう一度行こう、と思っている。


山中氏は、

森田の生き方そのままを体現して生きておられる方だった。


つづく....




Iメッセージ 反省編

2回ほど、Iメッセージについて書いてみた。

そしたら、しょっちゅう頭の中で、

Iメッセージについて考えていて、

こういう時はどう言うかな?

と何か言いたい事があるたびに考えている自分がいた。


そして次の朝起きたら.....

なんと、その事にとらわれていたのだ.....


私は、神経症からは回復したが、

こういった思考回路や、性格傾向は一生付き合っていくのだな、と思う。

気になることがあると、トコトンまで突き詰めてしまう。

気持ち的に突き詰めたくなくても、勝手にやってしまう時がある。

何か普遍的な法則にしようとする。

そして、いつもいつもそう生きようとする。


でも、思考から出発する場合、それは必ず失敗する。

それが森田でよく分かったはずのに、

今でもこうして、とらわれていく。

そのことにびっくりし、

慌てて、Iメッセージのことは全部忘れることにした。

すべて手放し、

また一から、目の前に注意を向けて

そこから湧く「感じ」から始める。


確かに、いつもいつもIメッセージで喋っていけば、

誰も傷つけず、言いたい事は伝わり、みんな仲良く丸くおさまるのかも知れない。


でも、そんなのはやっぱり思想の矛盾で、そんなこと現実的には不可能だった。

「おろか」だな、と思う。

本当になんておろかなんだろう、と。


それでも、そのおろかなままで

その時々の感情で生きていく。

汚かろうと、醜かろうと、それが私だ。


感情の波間でプカプカと揺れながら、大海原を漂い続ける私はクラゲだ。


だからもうじいちゃんの事も、知~らない。

これからも、イライラするけど、イライラしながらやっていくし、

じいさんも、その雑さゆえ

今後も不動明王のような嫁の怒りを買いながら過ごすのだろう。


仕方がない。

それが私達のあるがままだから。

この気持ちは死ぬまで治らん。

(この場合は、相手が、ですね...。怖~。)

それでいい。

そのままでいい。





プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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