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母...②

若い頃は、本当に母を憎んだ。

私が対人恐怖を起こし、今こんなに辛いのは全部あの人のせいだ

と、とても恨んだ。


いつからそういう気持ちが薄らいだのだろう?


多分、自分がうつになってからだと思う。

10年ほど前、うつになって、何も出来なくなった。

子どもに反応できなくなって、布団をかぶって寝ている日が多くなって..

自分を責め続けた。

責めながら思った。

母みたいだ...。

母も学校から帰ると、よく臥せっていた。

話しかけても、いつも機嫌が悪くイラついていた。

母と同じじゃん、と思った。

あんなに憎んで、あんな母親には絶対にならない、と思っていたのに、

結局同じじゃないか、と悲しかった。


でもある時、思った。

母もこんな思いをしたんだろうか

母もこんな風に辛かったんだろうか、と。


あの時、

ずっと平行線だった、私の人生と母の人生とが、

少し交わったのかもしれない。


多分その辺からだと思う。

私とは考え方も何もかも違うけど、

母は母なりに、いろいろ辛く苦しく余裕なんか無い中で、

必死に私達を育ててくれたんじゃなかったのか、と思うようになった。

きっと、母に心が無かったわけじゃない。

子どもが憎かったわけじゃない。


私は、神経質で、傷つく事いっぱいあったけど、

それでも...

コミュニケーションがお互いうまく取れなくて、

行き違いもいっぱいあったけど、

それでも...


弱音こそ聞いた事ない。

本音みたいなものも聞いた事がない。

でも、きっと母も悩むことはたくさんあったろう。

でも、いろんな事を深く考えず、心の中から追い出して

強く生きてきたのかもしれない。


そんな風に母を見るようになってからだと思う。

もういいや。と思った。

もう充分憎んだし。

だから、もう母を責めたり、恨んだり、

変わってほしいと、思うのはやめようと。

そう思うようになった。


今は、たまにしか会わないし、

会っても、当たり障りのない話しかしない。

風当たりが強くなってくると、私は適当に逃げる。

傷つきたくないから。

どうせぶつかったって、私たちは平行線だ。


あきらめた。

でも、別に憎んでもいない。

これが私と母だ。



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実家に行った時に、母と話していたら、

「○○おばさんが、だいぶ弱ってきた。」と言った。

母にとっては、義姉である。

私は、おばとはもうずいぶん会っていない。

おばは、若い頃は恰幅がよく、大人し~いご主人の前にいつも立ちはだかり、

ガハハと笑って、元気に明るく家を切り回している印象のおばさんだ。


「昔は男勝りで、サバサバしとるように見えたけど、

ああ見えて、内面はえらい繊細な人だったんだわ~。」と、母は言った。

年を取り、足腰も弱り、だいぶ痩せたそうで、

時々電話をかけてきては、泣き言を言ったりするのだそうだ。

私が、「別にいいじゃん。」というと、

母は、「いかん!もっと前向きでおらな!」と言った。

「メソメソ、グチグチして。後ろ向きな事言ったって、何もはじまらんワ!」

「特に病気してるわけじゃないんだから、もっといろんな事に感謝して生きな!」と。

...。

「いろんな事に感謝...」その言葉、そのままアンタに返したるわ!と心の中で思った。


「でもさ~、案外悩んだりしてるほうが頭使って、ボケなかったりするんじゃない?

ちょっとくらい神経質のが脳にはいいんだって!」

と言ってやった。

伯母は、まだ頭は全くしっかりしているそうだ。

だが母は、「そんなもんかね。」等と思うタマではない。

これ以上は、どこまで行っても平行線なので、

もう止めた。


母からは弱音らしいものを聞いた事がない。

何だか、自分が正しいと思っている事は、絶対だと思っているようだ。

たとえその事で、多くの人を傷つけることになろうとも

容赦のないところがある。


私は、母と性格が全く違うため、

母の気持ちが全く分からない。

多分、母も私の事が全く分からなかっただろう。


それでも若い頃は、母にすごく認めてもらいたいと思っていたし、

母の考えてる事や、本当の気持ちを知りたいと思っていた。

今は、母と分かりあう事は完全にあきらめている。


私たちはどこまで行っても平行線だった。


私達が上手く行く方法が、一つだけあった。

それは、どこまでも私が母の話に調子を合わせる事だ。

でも、それは私にとっては、何の解決にもならないという事も分かっていた。

だから、私はもう母と分かり合うことをあきらめた。


つづく...




うつ、一番大事なのは。

ブログでうつだうつだ、と書いていたら、

先日参加した集談会で、

「全然元気そうじゃな~い!」

「どこがうつなの!?」

と突っ込まれてしまった。


確かに自分でもそう思う。

でも、きっとその数日の心がけが良かったからだ。

ブログに書く事で、自分でも気をつけなきゃ!と意識し、

家事はだいぶ手抜きし、ぐうたらを決め込んだのが良かったのだろう。


うつは、いかに自分を責めないように、ぐうたらできるかにかかっている。

(あくまで私の場合なので、まともに参考にしないでください。)


一番大事なのは、「がんばらない」事かなと思う。


いつも通りに生活することはほぼ諦める。

(普段もそれほどきちんと生活してるわけではないですが...(´∀`*;)ゞ)

頭の働きも、体の動きも、忍耐力も、精神力も(?)1/2くらいだ。

いつもの倍頑張らないと、いつも通りの生活は出来ない事になる。

いつも通りの生活をしようとして、

疲れて、イラついて、不安定になって、爆発するなら、

頑張れないことを前提に、生活したほうが私は楽だ。


私の場合、どんな風に頑張っていないかというと、

まず、規則正しい生活をあきらめる。


休みの日は、気が抜けると本当に起きられない。

昼近くまで寝る日もある。

夜も用事が無ければ、さっさと寝るようにしている。

それでも朝起きられないから不思議だ。

先日の集談会も、お昼を食べると、眠くてあくびばかりしていた。

(決っして退屈だったわけではありません!)


食事も、だいぶ適当になっている。

平日は、仕事を優先するので、疲れたら昼食は楽する。

コンビニやフードコートなどもよく利用する。

お金はかかるが、気楽だ。


普段は、残り物など家にあるもので済ます事が多いが、

昼時は、どうしてもおじいさん達の昼食時間とかち合う。

台所は一つなので、待っていなければならなかったり、

場合によっては割り込ませてもらったりしている。

そういうのも、今は正直負担だ。

そうなると、昼食自体が面倒になり、大幅に時間がずれたり、

取り損ねたり、お菓子みたいなもので適当に済ませてしまったりする。

だったら、お金かかっても、自分の部屋で簡単に食べられる

ちゃんとした食事をしたほうがいいかな、と思っている。

迷った時、今は「楽」を選び取っている。


そういう日常の細々した部分で、

いかに楽チンにできるか。いかにゆるめられるか。

その積み重ねが割りと大きいと感じている。


うつは、

ものすごく我がままなお客さんに居座られているみたいだ。

でも、生活をそれなりには進めていかなければならないので、

だましだましやっている。


良く捉えれば、うつは、

ともすると融通の利かないこだわりの強い私に、

自分を許す練習をさせてくれている、と言えるかもしれない。

うつ期はとてもアバウトに生きている。

いろんな事をあきらめながら、生きている。

難しい事もあまり考えられないし、

無理をすると、のしかかってくる。


うつは、私に「きちんと」「ちゃんと」を放棄する練習をさせてくれる。

いろんな事をゆるめゆるめて、

うつを怒らせないよう~に、今は生きている。


(でも会えば、ずっこけるほど元気に見えるようです。

 でも、こんなこと感じながらやっております。

      ...ご心配頂いた皆様、ありがとうございます。)




「誕生」

先日、息子が17歳の誕生日を迎えた。


17年前のその日と、入院していた一週間。

毎日毎日、抜けるような青空が窓から見えていたのを思い出す。


そして、退院の日。

息子を抱えて、家に帰る途中、車から見えた街路樹が

ずーっと向こうまで赤と黄に染まって、本当にきれいだった。


この日が来ると、いつもその事を思い出す。


おめでとう。

この歌を贈ります。

https://www.youtube.com/watch?v=_HO0P-bD6H0








私流 うつの傾向と対策②~ 

うつ対策その②

歩く。

うつの時は、徒歩がすごくいいような気がする。

歩調が心のスピードと合うのかもしれない。

そして、少し大股で歩くのがいい。

とぼとぼ歩くのではなく、リズミカルに歩くのだ。

体も温まり、元気が出てくる。

うつになると、犬の散歩が苦でなくなる。


うつ対策その③

口にするものは、なるべく温かいものにする。

たとえコンビニのおにぎりでも、温めて食べるようにする。

お腹が温まると、心もポカポカする気がする。


うつ対策その④

スケジュールを詰め込まない。

なるべくゆったり生活できるよう心がける。


そしてこれは、対策というより傾向だが、

静寂を好むようになる。

普段もあまりテレビを見ないけれど、

うつの時はもっと見なくなる。

音がうるさく感じてしまうのだ。 頭が混乱してくる感じ。

特に朝は一番症状が出るので、テレビの音にとても苦痛に感じてしまう。

家族が出かけると、真っ先にテレビを切っている。

切って静かになると、ホッとする。

家事の時などによくかけている音楽も要らなくなってしまう。

車に乗る時も普段は、ラジオなどをかけるが、

今は静か~に走っている。


冬うつは、

私の場合は、「抑うつ傾向が強くなる時期」という感じですが、

それがどうも自然のバイオリズムに強く支配されている感じです。

人間の本能的な部分が関わっているというか。

冬眠動物がいるように、人間の中にも冬眠型がいるのかも知れません。

私は、ヒト属クマ科みたいなものかな~。。

私流 うつ対策 その①

私のうつ対策。

その①。

日光に当たる。

これは、うつを持つ友人とも言っていたのだが、

おひさまはうつの味方だ!

うつの時は、とにかく太陽に当たりたくなる。

シミやしわを気にしている場合ではない。

わが家はトンチンカンな造りで、あまり日が入らない上

当初ガラスは、すべて網入りのスリガラスだった。

窓を開けない季節は、外の景色が全く見えなくなる。

私にとって、それはものすごくストレスだった。


それで数年前にガラスを一部透明ガラスにした。

私のうつ対策だ。

冬でも外が見える。ありがたや~。

見えるものとて、人んちばかりだけれど

空が見える。流れる雲が見える。

それだけで全然違った。

日の光が直接入るのがとても有難かった。


今はその部屋を息子が使っており、カーテンをすぐ閉めたがる。

大事な大事なキャラクターのグッズが、日に焼けるのを気にしているようだが、

私は、半分はお願いだから私のために開けて~!と

息子と日照権を争っている。


そして、これは最近気付いたのだが、

部屋の電気もあっちもこっちも付けてしまう。

そして、部屋を出る時もスイッチに手を伸ばし、

まあいいか、と付けっ放しで出たりしているのだ。

どうも無意識で暗いのを避け、

あちこち明るくしておきたい、という意識が

働いているようなのだ。

心って面白いな~。


そして、書いてみて思ったが、

「太陽」をあらわす日本語の何とたくさんある事か。

「おひさま」「お天道様」「太陽」

「日の光」「日光」

さすが!日の国、ニッポンである


あ~、白夜の無い国、ニッポンに生まれてよかった!

その中でも、晴天の多い太平洋側に住んでて本当によかった~!(* ´ ▽ ` *)


冬うつ

冬うつが来た。と書いたら、

友人が心配してメールをくれた。

誰かが心配してくれるって、嬉しいな。


そして、ゴロゴロしてりゃ大した支障はない、くらいに思っていたが、

昨日はかなりバタバタして

思ったようにゴロゴロできず、後半だいぶ無理をした。

うつは思った以上に重くのしかかってきた。

月イチの事務所の会議に出たら、

そこで、知り合いの人が私に何気に言った一言が、

頭の中をぐ~るぐ~るして研修に身が入らない。

自分でも何で??というくらいに、引っかかってしまった。(´・_・`)

そのやな感じ、傷ついた感じを受け止めるようにはしていたけど、

頭の中では、こんな些細な事で?って認められないような気持ちもあって...

疲れた。


そして、電池が切れたのか、夕飯が作れなかった。

仕方が無いからスーパーで買ってきた。

もう外は真っ暗。

なんか泣けてきた。

出来ない自分も。お惣菜をかごに放り込んでる自分も。

たまにはいいじゃん!と思えばいいのに。

美味しいものいっぱいあるし、子どもらが好きなものいっぱいある。

逆に喜ぶかも!って思えばいいのに、

うつの時はなかなか切り替わらない。


こんな時、同居が本当に辛くなる。

あ~あ、台所が2個あったらよかったな、とすごく思う。

おばあさんは、すごく独り言の多い人だが、

なんか私に向かって文句を言っているように感じてしまう。

おじいさんは、何かにつけて生活音をすごく立てる人だが、

いちいちイラッとしてしまう。

そんな心が態度に出てるようで、自分が嫌になる。


自分の心の狭さが嫌になる。

自分の人への厳しさが悲しくなる。


うつ。あなどれない。

情緒不安定。

ふんばれない。

無理が利かない。


こだわっていても、今はうつにはよくない。

同居は今更どうにもならない。

仕事も休むわけにいかない。

家事をたくさん休もう。


平常心

また、うつの波が来ているようだ。


日が短くなり、寒くなってきた。

冬至まで、まだ一ヶ月もあるのに...

前期冬うつ、かな。(´・_・`)

私の不調は、どうしても うつ方向に出る。

朝がとてもしんどい。

みんなのお弁当を作らなくてはいけないが、

エンジンがちっともかからない。


まず、自分のコーヒーを入れて、体を温める。

少しだけホッとする。

今日は娘の弁当をお休みにしてもらった。

コンビニで買ってね、とお金を渡した。

昨日は息子の弁当を休みにした。

少し手を抜いて負担を軽くしよう。


先日の集談会の学習タイムで、「平常心」について学習した。

世間一般で言う「平常心」は、

「どんな状況でも動じず、いつも通りやれる心。」だ。

森田先生は「そんな心は不自然だ」と言った。

大舞台、大事な会では緊張するのが当たり前。

不安が起きてくるのが自然な心だ。

それが一大事下の「平常心」だと、言った。


今の私は、いつも通り全然できない。

半分くらいしか稼動していない。

仕事は仕方がないので行くが、家ではめちゃめちゃにゴロゴロしている。

怠けているんではない。

それが私の今の平常心。(言い訳してるようにしか聞こえないな~)

明日は、朝早くから資源回収に立たなくてはならない。

きっとボンヤリと突っ立っている事だろう。

仕方が無い。それが今の私の平常心。


受容と共感 ②

誰かに引っ張り上げてもらった人は、

多分、また穴に落ちてしまう。


でも、

一緒に辛さを分かち合ってもらった人は、

きっと自らの力で、穴から這い出ようとするのではないだろうか。


ある人が言っていた。

「手を引くんじゃなくて、

横に並んで一緒に歩くんだよ。」と。


答えは、きっとその人の中にしか、ない。

その人が自分で見つけるしかないんだ。


きっと大事なのは、

穴から出るための方法じゃなくて、

穴から出てみよう。

という気持ちなのかもしれない。

受容と共感

私が、うつと神経症のダブルパンチで、毎日生きるのが辛かった頃の事を、

振り返って書いた事がある。


「人生にぽっかり空いた穴に、私だけが落ちて、

 人々が道を忙しそうに行きかう中、私だけが取り残され、

 天井の丸い空だけを眺めて過ごしたような日々だった。」と。


受容と共感は、

そんな人に、「ホラつかまって!!」と穴にロープを投げてあげる事ではない。

手を差し伸べて、引っ張り上げてあげる事でもない。


おそらく、受容と共感は、


穴の中に降りて行って、

一緒に小さな丸い空を見上げることだ。


一緒に膝を抱えて、

「寒いね。」

「不安だね。」

「どうやって出たらいいんだろうね。」と、

言い合うことだ。






プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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