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秋だ~。

もうすぐ、十五夜(中秋の名月)ですね。

今年は、10/4だそうです。

中秋の名月は、「芋名月」とも呼ばれています。


ちなみに、その次の月の十三夜は、「栗名月」と呼ばれています。

今年は、11/1だそうです。

月の動きから作った旧暦(太陰暦)は、

農業と深く関わっています。


月を見ていると、不思議な気持ちになります。

秋になると、

夜が長くなるからか、

空が澄んでくるからか、

夜、月を見上げることが多くなる気がします。


昔は、電気もなく

満ちたり欠けたりする月の存在を、

もっともっと感じて暮らしていたでしょうね。

電気が普及して、夜が明るくなってから

人々の生活は、月からどんどん離れていったのかもしれません。

(妖怪もドンドン姿を消したと、水木先生は言っています。)


時には、

テレビやパソコンを切って、

少しの間、

夜空を眺めてみませんか~?


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怒り

ある精神障害のあるお客さんが、こんな話をしていた。


地下鉄の階段を降りていたら、

対面して登ってきた若者が、

「どけ!!くそばばあ!!!」と言ったのだそうだ。


その方は、私と同じくらいの年齢で、決して「ばばあ」ではない。

お客さんは、割りと気の強い方なので、普通なら決して黙ってはいない。

でも、その時は移動中という不意だったのと、

すれ違いザマで、とっさの事だったのと、

おそらく、その瞬間は何が起こったのかわからなかったのだろう。

そして、あまりに突然にそんな言葉を投げつけられて

とにかくめちゃくちゃにビックリしたんだと思う。


お客さんは、言い返さなかった。

というか、あまりの事で言い返せなかった。

でもその後泣けてしまって、

地下鉄の中は何とかこらえたものの、仕事先でボロボロ泣いてしまったのだそうだ。

そう私に話しながら、また泣いていた。

泣きながら、「確かに階段はそこそこ込み合っていて、

少し邪魔をしていたかもしれないけど」と仰る。


実は、私にも同じような経験がある。

私は自転車に乗っていた。

自転車の交通ルールがうるさく言われ始めた頃だった。

車道を走れ、左側通行で走れ、ベルは鳴らすな、等々うるさいな~と思っていた。

その時私は、何の気なしに走っていて、右側を通行していた。

そしたら、対向してくる自転車のおっさんが、

すれ違いザマ「逆走だろー!!ばかやろー!!!」

と私に怒鳴った。


私は、一瞬思考がフリーズし、

何が起きたのか分からなかった。

気分よくチャリで走っていた所、晴天の霹靂で

どっかのおっさんに、ド叱られたのだ。


とにかく、ビックリ!!!してしばらく心臓のドキドキが止まらなかった。

だいぶ時間が経ってから、

あのおじさんは、私が逆走していたことにムカついて、

私にそう言ったのだ。と整理した。


あまりに咄嗟に、一方的な怒りをぶつけられると、

人はフリーズし、ただただビックリする。

そして、心にはばっさり切られた傷だけが残る。

怒りが湧くなら、まだマシなのかも。

たとえ湧いても、やり場がないが。


私は、そのお客さんにただただ共感して

私の「逆走自転車事件」の事を話して聞かせた。

うんうんと、お客さんは聞いてくれた。

そして、

ただただ、怖かったね。

ただただビックリしたね。

という事を、お互いに確認しあった。


「自分にも落ち度はあったかも、次は気をつけよう。」とか

「あんな言い方しなくても、もっと言い方があるはずだ。」とか

相手の人格批判とか、

そんな作業は、きっとその先の事だ。


小パンダ

6/12に上野動物園で生まれた、赤ちゃんパンダの名前が決まった。

「香香」(シャンシャン)。だそうだ。


それにしても、

なんであんなにパンダの赤ちゃんちゃ、可愛いのだろう。

すっとぼけたお目々が愛くるしい。

黒柳徹子さんの気持ちがちょっと分かる。


シンシンとシャンシャン。

新春シャンソンショーの早口言葉みたい。


ブログをだいぶ軽くすることにした。

身軽く行こう。身軽く。

重たくなったら、脱ぎ捨てればいいや。

苦しい苦しいと言いながら、

引きずって歩かなくていい。

執着しなくていい。

楽になった!

うん、それでいい。

日野原先生

今年の7月に、105歳でお亡くなりになった、

日野原重明さんの本が、明日発売されるそうだ。


それは、出版社がインタビュー形式で最期まで取材

したもの。

日野原さんが、その命の終わりまで私達に遺し続けたメッセージ。


『生きていく あなたへ。』


よみたい。

私は、お亡くなりになった直後に、

日野原さんの詩集を衝動買いした。

子ども達に向けて書かれたものだろう。

いわさきちひろさんの絵が全頁に

広がっている、きれいな詩集。


『しかえししないよ』


その時、私はいざこざを抱えていて、

どうやってぎゃふんと言わせてやろうか、と

日々練っていた。

そこへ、日野原さんのタイトルの言葉が、

すーっと目に入ってきた。

もちろん、日野原さんの詩を読んだくらいでは

収まらないのだが、

でも、何か買ってしまった。


誰か、よみたい方いたら、お貸ししますよ~。



歌姫②

今日も、中島みゆきさんの曲を紹介したいと思います。

    (繰り返しますが、決して手抜きではありません。)



    「倒木の敗者復活戦」

             作詞 作曲 中島みゆき


   打ちのめされたら 打ちひしがれたら

   値打ちは そこ止まりだろうか

   踏み倒されたら 踏みにじられたら

   答えはそこ止まりだろうか

   光へ飛び去る 翼の羽音を 地べたで聞きながら


   望みの糸は切れても

   救いの糸は切れない

   泣きなれた者は 強かろう

   敗者復活戦


   あざ笑え 英雄よ

   笑うな 傷あるものよ

   傷から芽を出せ  

   倒木の復活戦


   叩き折られたら 貶(おとし)められたら

   宇宙はそこ止まりだろうか

   完膚なきまでの 負けに違いない

   誰から 眺めても


   望みの糸は切れても

   救いの糸は切れない

   泣きなれた者は 強かろう

   敗者復活戦


   勝ち驕(おご)れ 英雄よ

   驕るな 傷ある者よ

   傷から芽を出せ 倒木の復活戦


   傷から芽を出せ 倒木の復活戦


今日も、みゆきさんを聴きながら朝の片づけをしていて、

この歌が流れてきました。

何度も聞いて、よく知っている(つもりの)歌でしたが、

何を言っているのかは、サビ以外は聞き流していました。

昨日、ブログに書いたからでしょうか。

歌詞にじっと耳を済ませてみると、

これこそ、神経症者の歌じゃないの~!と思い

少々くどいですが、今日も書く事にしました。


何かにつまづき、倒れ、もうダメだ。と思う。

そこまで生きてきた、「望みの糸は断ち切られる」。

でも、「救いの糸は切れない」


そこから、本当の戦いが始まる。

そこからが、

人生本番。

歌姫

これは、中島みゆきさんの歌です。(決して手抜きではありません)


 「nobody is right

            作詞 作曲 中島みゆき

   もしも 私が 全て正しくて 

   とても正しくて 周りを見れば

   世にある限り 全てのものは    

   私以外は 間違いばかり


   もしも あなたが 全て正しくて

   とても正しくて 周りを見れば

   世にある限り 全てのものは 

   あなた以外は 間違いばかり


   辛いだろうね その一日は

   嫌いな人しか出会えない

   寒いだろうね その一生は

   軽蔑だけしか抱けない

   正しさと正しさとが 相容れないのは一体なぜなんだ。


   悪い人など いなんだなんて 

   あいにくですが うなずけません

   正しい人こそ いないんじゃないか 

   完璧正しいって どういう人だ


   争う人は 正しさを説く 

   正しさゆえの 争いを説く

   その正しさは気分がいいか 

   正しさの勝利が気分いいんじゃないのか


   辛いだろうね その一日は

   嫌いな人しか 出会えない

   寒いだろうね その一生は

   軽蔑しか 出会えない

   正しさと正しさとが相容れないのは一体なぜなんだ。

   nobody is right

   正しさは 道具じゃない


何か、いろいろと考えさせられます。

ハイ、次。


  「愛だけを残せ」 

         作詞 作曲 中島みゆき


   愛だけを残せ 壊れない愛を

   激流のような 時の中で

   愛だけを残せ 名さえも残さず

   命の証(あかし)に 愛だけを残せ


   やむにやまれぬ 人生は綱渡りだ

   選ぶつもりで選ばされる手品だ

   闇の中の風のように

   突然に愛は居所を求める


   弱き者 汝の名を名乗れ しなやかに

   強き者 汝の名を名乗れ ささやかに

   みんな儚くて みんな愛しくて

   振り返ってしまうから


   愛だけを残せ 壊れない愛を

   激流のような 時の中で

   愛だけを 残せ

   名さえも残さず 命の証に愛だけを残せ


これを聴くと、集談会の歌みたいだと思います。

「弱き者汝の名を名乗れ。しなやかに」の部分は、自己紹介ですね。

そして、強き者(会員)はささやかに(短めに)「名を名乗らな

いといけないよ」とみゆきさんは歌っています。さすがです。


冗談はさておき、この歌のように

集談会は、「愛だけを残せ」ばいいと思います。


生きるのが辛く苦しく、やっとの思いで集談会にたどり着いた人が、

集談会で数時間を過ごし、

家に帰って一人になった時に、


「私は独りじゃなかった。」

「生きていてもいいかもしれない。」

「この先なんとかやっていけるのかもしれない。」

と一瞬でも思えたら。


森田の理論とか、そんな小難しい事じゃなくて、

心にそんな小さな灯りがともせたのなら、

それは「愛だけを残せ」たのかも知れません。

そんな集談会でありたいと思っています。


秋だからでしょうか。

みゆきさんの歌ばっかり聴いています。

みゆきさんを流しながら、茶碗を洗い、

みゆきさんを歌いながら、洗濯物を干しています。



神経質と山登り

秋。

行楽シーズンである。


今度、発見会のメンバーさんと、

山登りに行くことになった。

発見会の人は、山や自然が好きな方が多い。

私は大学時代、山サークルに入っていて、

4年間、日本中の様々な山に登った。

とても面白かった。


卒業後も友人と時々登っていたが、

結婚し出産を機に、山からは遠ざかってしまった。

結婚前から、旦那にも山を教え込んで、

将来は家族で日本アルプスを縦走できたらいいな、とか思い

何度か山へ連れて行った。


ところが、

旦那は全く登山に不向きだった。

体力的な問題と言うよりも、性に合わないようだった。

辛いばかりで、楽しみ方が全く分からないそうだ。

黙々と登る最中、なぜか嫌なことばかりが浮かんできて

精神的にものすごく辛い、との事だった。

変な体質。と思ったが、

それ以降、旦那とは行っていない。

「家族でアルプス縦走!」の夢もついえた。

全く何かにつけ、人生は思い通りに運ばないものである。


それからしばらくして、いろいろいろいろあって発見会に入会し、

発見会の人たちに山好きの人が多いと知った。


きっと、山登りは神経質の性に合っているのだ。

何時間も、一歩づつ地道に登っていく。

自分と向き合うにはうってつけだ。

途中辛くても、持ち前の粘り強さで頑張れる。


山の頂に立てば、

遠くまで見渡せる山並み。

吹き渡る風が、汗を乾かしてくれる。

山頂で「お弁当」なんて最高である!

大自然に抱かれ、しばし悩みも忘れる。

山の空気を胸いっぱいに吸い込んで、

いろんなキタナイもの、浄化されていくような。


雨や大風。

多少の悪条件は、大自然からの洗礼だ。

翌日、体中筋肉痛でも、

思い出し、また行きたくなる。


いつか発見会の仲間で山に行きたい、とずっと思っていた。

この度、長年の夢が叶って本当に嬉しい。


今年の紅葉はどうだろうか。

山頂には、きっとアキアカネがたくさん飛んでいる。

私よりも背の高いススキが、大群で風になびいているかもしれない。


秋を楽しんでこようと思っている。

(一緒に行きたい方、ご連絡ください。)

サ責

先日、仕事の事務所に行った。

新しく担当になったお客さんの事で、

サ責(サービス責任者)と話していた。


サ責は、お客さんについての情報を、

いろいろとくれる。


既往歴や、家族関係。

どんな状況で介護状態になったか。

何が出来なくて、どこまでは出来そうか。

それらの事実情報は、とても大切で必要不可欠だ。

更には、

大抵、お客さんの性格についても教えてくれる。

ところが、これは不思議なことにあまりアテにならない。

というのも、

えてしてそれが、サ責の主観だからだ。


先日は、こんな風に言われた。

「ちょっと神経質だから、いろいろやりにくいかと思いますが..。」

.....。

所詮、「神経質」の社会的評価はそんなもんである。

内心(聞き捨てならんなぁ。)と思いながらも話を聞く。


「神経質で、細かい事をいろいろ言ってくるかもしれない。」

   (細やかって言ってよね~。いろいろ気づいちゃうんだもん、しょうがないじゃん。)

「神経質で、いろいろな要求をしてくるかもしれない。」

   (生の欲望が強くて結構じゃないの~!)

「神経質で、いろいろ面倒かも。」

     (....!こらあ~!!)


「神経質だから、細やかな方でいい方よ~。」

なんて聞いたことない。

そして、いざお客さんと接してみると、

サ責が言っていた様なことはほとんどなく、

私には、全然支障がなかったりする。

それは、私自身が神経質だからなのかもしれないが。


そりゃ、心づもりはあっても、

いきなり全く知らない人が、「こんにちは~!」って入ってきて、

家の中をごちゃごちゃ触りますよ~、という事になったら、

誰でも、多少戸惑うし、嫌な気持ちもするものだと思う。

多少神経質な方なら、いろいろ不安も抱くだろう。

分からないことは、あれこれ聞きたくなるだろう。

自分のやり方と違えば、いろいろ要求も出すだろう。

当然だと思う。

そんな人の気持ちはよく分かる。


私はこの仕事をしていると、「神経質でよかったなぁ」とよく思う。

そういう人には、かなり最初は神経も遣う。

きっとお互いだと思う。

でも、そういう人こそ少しづつ分かりあえてくる。

そして、「今の生活をもっとどうしていったら良くなるか」という事を

一緒に考えていける人もいる。


そして、私もいろいろ教えてもらっていたりする。

料理のちょっとしたコツだったり、

昔の話、戦争の話、伊勢湾台風の話...

そして、お年寄りの生活スタイルから、

いろんな生活の知恵をこっそり盗んでいる。


そんな事から、

サ責の性格情報については

話半分で聞くようにし、

自分で確かめるまでは、何も信じないようにしているのである。

友人

先日、小さな劇団の芝居を見に行った。


友人が、その芝居の脚本を書いたのだ。

友人は、ある一冊の本を読み、感銘を受け、

芝居にした。


その友人は、私の数少ないママ友の一人だ。

子どもが同じ幼稚園だった。

私の数少ないママ友。

今でも連絡を取っている人は、片手に満たない。

そんな貴重な友達の一人だ。


友人は若い頃、小さな劇団の団員だったようで、

ご主人ともそこで出会った。

友人は昔から、演じるより書くほうが好きだったようだ。


友人と出会った頃、私はバリバリの対人恐怖だった。

当時は、子どもを通じての付き合いだったので、

昔そんな事してた人だという事は全く知らなかった。

対人の私が、その友人とやってこれたのは、

その友人がちょっと変わり者だったからである。


いろいろ人と視点が違っていた。

私が緊張しまくって「話しかけないでオーラ」が出ている時も

彼女は平気で話しかけてきた。

そんな事全く気に留めていないようだった。

だからだと思う。

私も彼女とは、あまり気にせずに話せた。

それに、とにかく話題の尽きない人で、

私がず~っと黙っていても、一人で次から次へと喋っていた。

私はただ、聞いていればよかった。


そして、その話はなかなかいつも面白かったのだ。

人の噂や悪口ばかりだったら、きっと私はうんざりしてしまう。

でも彼女の話は、最初はちょっとメンドクサイなと思って聞きだした話も、

聞いているうちに、「それから?」と思わず聞き返したくなるような話。

家に帰って試してみようと思うような話。

不思議と話し込み、症状を忘れることがあった。


おもしろい友達だった。

気を遣わなくていい友達だった。

その子といると安心できた。

背伸びしなくて良かった。


そんな友達が、

今子育てを終えて、また物語を書き出しているようだ。

そうそう、その友人の家に絵本はほとんどなかった。

物語は、全て友人が適当にその場で作って聞かせていたらしい。

そう聞いたとき、私はびっくり仰天したっけ。


そんな友人を応援したい気持ちで、

芝居の案内をもらうと、半分義理で出かけていたが、

これが、思いがけず面白い世界だった。

正直今まで演劇はあんまり好きじゃなかった。

なんだか、大げさに演じるから、見ていて苦しいというか、

恥ずかしいというか。

苦手だった。

その子のおかげで、芝居もおもしろいなと思うようになった。

彼女の作るお芝居は、笑いあり、涙あり、

義理や人情が押し付けがましくなく見え隠れしている。


先日のお芝居。

最後のほうで笠寺観音(ローカル~ 笑)が、

現人神となって、出てくる。

真っ白い衣装を着たニコニコ顔の可愛いおばあちゃんだ!

おばあちゃんは入れ歯を装着すると、言う。

「人生、そんなに悪いもんじゃあないよ。

まあ大していいもんでもないけどね~。あっはっは~」と笑う。


私はどうしても、書いた友人の言葉として聞いてしまう。

そして、泣くシーンじゃないのに泣けてしまう。(その台詞のいきさつもあるのだが)


彼女は早くに両親を亡くしていた。

出逢った時、父親を亡くしたばかりだった。

他にも親せきや、劇団時代の友人も病気などで何人か亡くしていた。

誰の時も、彼女はいつも親身になって、遠い実家やホスピスまで頻繁に見舞いに行っていた。

よく続くなぁ、と思って私は見ていた。

彼女は自分でも「なぜか看取りの役目を負っているようだ」と言っていた。


辛い事もたくさんあったと思う。

だけど彼女は、いつも人生を悲観などしていなかった。

いつも楽しんで、適当~にいろんなことをやっていた。

幼稚園のバザーも、父母会も。

馬鹿らしいねって言いながら。

「こんな時期なんてすぐ過ぎちゃうんだから、そんな事気にしなくていいんだよ」って、

メソメソしている私によく言った。


私は、思い出していた。

確かに彼女と居る時、そう思えた。

「人生そんなに悪くない。

 人間は捨てたもんじゃない」って。



台風一過

昨日は、いろんなことがあり、

気分転換したくて

自然の多い近所の大きな公園に行った。


台風一過の秋晴れだし、

祝日で、息子は一日家にいるし、

どうせ仕事で細切れに家を出るのだし。

仕事の合間の昼休み、

公園のベンチでぼ~っとしながら、メロンパンをかじっていた。


空が抜けるように青かった。

リードを放されたレトリバーが、私のところに走って来て、

匂いをかいで戻っていった。

変なモニュメントのてっぺんの十字架みたいな飾りを

ずっと見ていた。

鳩が群れで飛んでいった。

気持ちとは裏腹に、

空の青いこと。

風のさわやかなこと。

自然は頭を空っぽにしてくれる。

嫌なことも少し忘れられる。


あ~あ~。

生きていくって、カンタンじゃない。

よっこらしょーっと立ち上がって、

午後の仕事へ行こう。

歌を口ずさんで。

「そうだ。嬉しいんだ 生きる喜び。

  たとえ、胸の傷が痛んでも~♪」


(なんの歌かわかります~?

      答えは....   7/11ブログです♪)

プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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