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無題(改訂)

8月31日。

今日で、夏休みはおしまい。

子ども達は、明日からまた学校生活が始まる。


日本では、


この日に自殺する子が一番多いのだそうだ。


その事を、よく胸に刻まなくてはいけない。


今の日本はそういう社会だ、という事を。


何かからはみ出たとしても、全然生きていける。


みんなと同じじゃなくても、絶対に生きていける。


一人でも多くの子が、


生きることを、選んでくれますように。

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無題

8月31日。

今日で、夏休みはおしまい。

子ども達は、明日からまた学校生活が始まる。


日本では、

この日に自殺する子が一番多いのだそうだ。


その事を、よく胸に刻まなくてはいけない。

今の日本はそういう社会だ、という事を。

子ども達に「死」を選ばせてしまう

薄っぺらな社会なのだ、という事を。

包容力のない、社会なのだという事を。


それは現代の子どもの弱さ、ではない。

死ぬまで追い詰めるいじめの悪質さ。でもない。

SNSでしかつながれない子ども社会の危うさ、でもない。


何かからはみ出たら、死ぬしかない。

そんなふうに、人生を薄っぺらにしか

思わせてやれなかった私達大人の責任だ。


子どもは、いつだって大人を映す鏡だ。

子どもの問題は、そのまま大人の問題だ。


一人でも多くの子が、

生きることを選んでくれますように。


熱中症対策。

夏休みも、あと2日だというのに、

毎日毎日蒸し暑っい。

これだけ湿度が高く、風も吹かないとめちゃくちゃに体力を奪われる。

残暑バテ状態。


先日、気を付けていたのに、

忙しかった日の夕方、少し熱中症っぽくなってしまった。

体にこもった熱が全然取れない。

水分を取ってエアコンをかけ、扇風機も回して寝転んでいても、

一向に熱っぽさが抜けない。

オーバーヒート状態。これはヤバイと思った。

帰ってきた娘に、

「大きい動脈を冷やせ~!」と言われて、

アイスノンや保冷剤を、脇や足の付け根に挟んで冷やしたら

やっと良くなった。

おー!さすがに看護師の卵である。


次の日も、同じような天気でやばいと感じた私は

神経質を生かし、対策を練った。

もちろん水筒は持って、帽子もかぶる。

更にその日は、首に保冷剤を仕込んだタオルを巻き、(もう見てくれなど気にしていられない)

ズボンの両ポケットにも小さな保冷剤を仕込んだ。

これで、頚動脈と、ソケイ部(足の付け根)が冷えるはずである。

でも、小さな保冷剤はこの暑さではすぐに溶けてしまう。

「大きな動脈を冷やす!」事にこだわりだした私は、

意識して、「脇の下を涼しげな状態」にするよう心がけた。


その日は車椅子を押して、地下鉄に乗る仕事だったから、

地下鉄の車内では、ずーっと握り棒につかまっている振りをして、

脇の風通しを良くする。

つり革につかまっている振りして、冷やすのもいいと思う。

そんなアホな事を意識して、乗っている人は私だけなのだろうが、

それにしても見渡すと、みんな脇を締めている人ばかりだ。

座っていれば自然とそうなるが、立ってる人も、大体脇を締めて立っていらっしゃる。

「みんな熱中症になっても知らないぞ~」と心の中でつぶやく。


そういえば、緊張している時などは、

自然と脇がギューっと閉まると思う。

脇をしめるのは、熱もこもり、緊張感のある状態か。

「脇が甘い」という言い回しがあるが、

脇が空いているのは、少し余裕があり

リラックスした状態かもしれない。熱も抜ける。


脇への考察は、止まらない。(あなた、仕事中!)

そうなると、「脇汗」はとても理にかなっていることになる。

汗をかけば、気化熱でその部分は冷えるからだ。

脇をオーバーヒートさせないために、脇汗はかいているんじゃない?

額や背中や脇、汗をかくとスーッとする。

大事な脳や、体の大きな面積の背中も、汗をかく事で

熱から体を守ろうとしているのかもしれない。


そして、脇を冷やした効果は確かにあったようで、

夕方まで元気に過ごせました~。\(^o^)/


みなさんも、大きな動脈を冷やして、残暑を乗り切りましょう~!

基準型学習会②

それでも、

基準型を受講してよかったと、思っている。

理論は一通り頭に入ったし、

何と言っても、3ヶ月間悩みを分かち合った

同期の仲間が出来た。


学習会が終わってからも、私達は時々同期会を開いた。

仲間の家のガレージで、バーベキュー&卓球大会をやった事もある。

秋の湯の山温泉に出かけていって、食事会をした事もあった。

食事会では、なかなか深い話はできないから、と 

同期だけでの集談会を開いた事もある。

神経質は、本当~に真面目だ。


私は対人恐怖のために、

人と何かをする事も、遊ぶ事もびくびくしてしまい、

もうずっと楽しめたことがなかったが、

このメンバーで何かする時は、とても楽しかった。

お互いに一番弱い部分をさらけ出してしまったから、

余計な見栄も、頑張る必要もなく、純粋に遊べた。

森田の事も、分からないながらもあ~だこ~だ、と議論しあった。


ここ数年は、同期会もやっていない。

同期の半数は、発見会を離れている。


だが、この数年、発見会は明らかに変わってきている。

その理論の捉え方にも「もっと感情を重視して。」という事が

盛んに言われるようになってきた。

そもそも森田先生も書いている。

「私の精神療法は、むしろ感情の上に着眼点をおいたものである」と。

でも、いつからか行動に主軸を置く理論へと傾倒していったのだろう。

確かに、その方が教えやすいし、分かりやすいのかもしれない。

もともとの森田は、

行動と感情は全く同じように重要だ。

どちらが抜け落ちてもそれは森田ではないと思う。


私は、今の集談会の方向性がとても好きだ。

毎回毎回、どの集談会に行っても学ぶことがあり、発見がある。

そして、初めて来た方が、その後も集談会に定着していく姿、

若い方が、世話役など引き受けて前向きに活動していく姿を見て、

やりがいと、明るく大きな可能性を感じる。

発見会は変わってきている。

今の森田が、きっと本当に森田先生の伝えたかった森田なのではないか、と

私の心は感じている。


そして私は、バラバラになった同期たちにも

もう一度森田を学んでほしいと、切に思うようになった。

12年前に学べなかった森田があることを伝えたい。


ここ半年ほど、私はあちこちの集談会に行っている。

昨冬には、同期の一人が所属する集談会に行った。

同期の中で、一番真面目に集談会を続けている一人だ。

その集談会に参加するのは、初めてだったが、

私が「明日行くよ!」と伝えたらとても喜んでくれた。

初めて行く集談会は、何しに来たの?と思われないかな、とか

とても緊張するものだが、同期がとても歓迎してくれて、

だいぶハードルが下がった。

そして、「あなたがくるから~!」と、

最近趣味にしているという、手作りの小銭入れをくれた。

涙が出るではないか。

かわいいアップリケがしてある。

その方の心が伝わってくる。

同期はその日、皆のために、イチゴ大福もたくさん作って来ていた!

スーパー主婦だ!


私たち7人は、年齢も悩みもばらばら。

本当に、たまたまあの3ヶ月間を、同じ場所で一緒に学んだ、というだけの仲間だ。

でも私にとっては、

集談会の仲間とは、またちょっとだけ違う、

特別な感じのする仲間。

かけがえのない、大切な仲間なのだ。





基準型学習会①

私は、11~12年前の秋に、

森田療法の基準型学習会を受けた。

9月~11月までの3ヶ月間。

毎週土曜日の、夕方6時ごろから始まって、終わるのは夜の9時ごろ。


当時は、まだ子供が小さかった。

上の娘がやっと小学校に入ったくらい。

土曜日は旦那は仕事なので、同居のおばあちゃんにお願いして、

早めに夕食を準備し、行ってくるからね。と

出かけていた。

終わって家に帰ると、たいてい子供はもう寝ていた。

毎週毎週なので、子供に「行かないで~」と言われる日もあった。

それでも行った。

早く自分の対人恐怖を何とかしたかった。

この子達のためにも。

救いを求めていた。


その年、一緒に基準型を受けた仲間は、私を含め8人。

男性4人、女性4人。

内一人は2~3回目から来なくなってしまった。

残った7人。比較的対人が多かった。


3ヶ月の学習で、

どうして神経症になったか、

どうやって悩みをこんなに大きくしたのか、よく分かった。

自分が生まれ持った性質についてもよく分かった。

その当時は、

森田学習の治していく為の主流は、とにかく「行動」だった。

「純な心」を大切にして。とか

「感情」をよく見つめて。という事はほとんど言われなかったように思う。

とにかく苦しくても、前向きな姿勢を維持して、行動的な生活を堅持する。

という風だったと思う。


3ヶ月の学習を終えて、私達はバラバラになった。

参加する集談会も、発見会のかかわり方も。


一人は、集談会にどうしてもなじめない。と

発見会を去っていった。

私もずっ~~と集談会が苦手だったので、

その気持ちはよく分かった。

集談会で、自己紹介や自分の悩みを言うのにも

すごく緊張して疲れるし、慣れない人の輪にまた疲れる。

人の話を聞いて、逆に悩みを増やす時もあったので、

その方の気持ちは本当によく分かる。


私自身は、

基準型を終えて、一年後にうつ病を発症した。

うつの療養中は、ほとんど集談会には行かなかったと思う。

森田の本も読めなかった。

発見誌は、封も開封されず、そのまま本棚に並べられていった。

そのうち、会費も切れ、発見誌も届かなくなったが、

それにもしばらくの間、気付かなかった。

一番森田から離れた時期だった。


つづく。


鳥の鳴き声

盆休み、三重の田舎に行っていた。

周りは見渡す限り緑、緑、緑。

というか、草ぼーぼー。

テレビを切ると、風の音と、鳥の声だけ。


朝起きて、窓を開け放ち、ぼーっとしていると

上のほうで、電線に止まって綺麗な声で鳴く鳥がいる。

「ピッピピ、ピッピ.チュルチュルチュルウウ」みたいな。

前半はなかなか歯切れがよく、

後半はお茶を濁すような感じ。

声がよく通って、空に響いていた。


しばらくじーっと聞いていたら、

ふと、あることを思い出した。

お友達のブログで、日課のお散歩で出会った人や自然の事を

書き綴っている方がいるのだが、

その中でよく出てくる鳥がいて、

その鳥はナント「一筆啓上~!(いっぴつけいじょう)」と鳴くのだとか。

その方は、その鳥を見つけると「一筆啓上~」と言ってやるのだとか。

ブログを読み、おもしろいな~と思いながら、

実際はどんな風に鳴くんだろう?と思っていた。


...もしかして、この鳥「イッピツケイジョウ」と鳴いているんでは...?

そう思って聞いていると、そう聞こえなくも無い事もない。

聞けば聞くほど「一筆啓上」と鳴いてるように思えてくる。

多分この鳥が、ブログに出てきた鳥だ!

そう思って、ネットで調べて見た。

そしたら、その鳥は「ホオジロ」。

鳴き声は、「一筆啓上 つかまつり候」だそうだ。


後半の「チュルルル、チュルルル~」と適当に流すかのような部分は、

「つかまつりそうろう~」か。

な~る~ほ~ど~。

間違いない。この鳥はホオジロだ!

面白いところがつながった体験だった。

それにしても、昔の人はなんて粋なんだろう。

鳥の声に、そんな風に言葉を当てるなんて。


その鳥に向かって私も、「いっぴつけ~じょ~!つかまつりそ~ろ~~!」と言ってみた。

鳥は、びっくりしたのか飛んで逃げて行ってしまった。

そんなけったいな事を、自分に向かって言ってくる人間を見たのは、

初めてだったのかもしれない。


つい先日、集談会でそのブログの方に会い、

ホオジロの事を言おうと思っていたのに、

すっかり忘れて帰ってきてしまった


こんな事があったんですよ~。

よっこさん!

普通のこと。

ある認知症がだいぶ進んでいるおばあちゃん。

私は週に一回訪問している。

「もう頭がぼけちゃって何もわからん。」

「何がなにやらちんぷんかんぷんだ」といつもいつも言っている。

さっき言ったけど、すぐ忘れるのか、また最初から言う。

それで、「不安ですね」というと、

おばあちゃんは、「不安かどうかも分からん」と言う。


何も捉えられない。

どんどん煙のように記憶の中から消えていって、

それが、あったかなかったかも分からない、

というのはどんな感覚なのかな、と思う。


でも、

とこの日は思った。

これからは、これがこの人の「当たり前の状態」になっていくんだ、と。

今までは、しっかり独りで暮らし、炊事も掃除もやってきたろう。

その昔は、茶道なども教えていたとか。

その時のこの人と比べたら、そりゃ「どうしちゃったの?」と思うかもしれない。


しかし、全ては移り変わっていく。

何一つとして、同じところにとどまってはいない。

しっかりしていたおばあちゃんは、今はもういない。

今の状態は、「異常な状態」がずっと続いているのではない。

もうこれが、この人の「普通の状態」なんだ。

だとしたら、ことさらに嘆く必要もないじゃないか。

そう思った。

何だか私は気持ちが楽になって、

その後はおばあちゃんが、何べん「頭がぼけちゃって~~」と言おうが、

あまり気にならなかった。

軽く受け流して、お茶を出したり、一緒に洗濯物を畳んだりした。

テレビに皇太子の一家が映ると、

おばあちゃんは、珍しく声を立てて笑っていた。

これでいいではないか。


世間の言う「普通」ってなんだろう。

そんな実態のないものに、私はずっと振り回されて来たように思う。

ボケていようが、何だろうが、これがこのおばあちゃんの今の「普通」だ。

身体障害者なら、歩けないこと、目が見えないことが、その人の「普通」だ。


普通は、一人一人みんな違う。

それでいいではないか。


これも「思想の矛盾」だったんだな~と思った。

今の自分は、「ここ」にいる自分だ。

「こうなりたい自分」でも、

「昔出来てた自分」でもない。


歌の力♪

昨日のブログを書いていて、思い出した曲があった。


子供が小学生だった時に、合唱部が歌ってくれた歌。

「Great Power」

とてもいい歌で感動し、ユーチューブで見て覚えて

今でも時々、口ずさんでいる。


   「Great Power」

 

  君は 自分で思うほど ダメなやつじゃない。

  この世界には 数え切れない たくさんの物差しがある。

  わずかな いくつかの計り方で 価値を決め付けちゃいけない。

  君がこの世に生まれたこと それがもうすごいことさ。

  ねぇ 奇跡だよ

  永い永い宇宙の歴史の中で

  生を受けて 命を受けて 君はここに生きてる

  君に託された 君にしかない力 

  いつか発揮しよう 煌こう

  次の時代に 引き継ごう

  たとえ 今は奥深く 眠っているとしても

  All you have a Great Power


メロディーもとてもいいので、興味のある方は、ユーチューブで聞いてみてください。

歌には力(Great Power)がある。






視点

私は数年間、東○動物園の動物園サポーターになっていた。


年会費を払ってサポーターになると、

年に2回、入園券と乗り物券が数枚付いてくるお得さに惹かれて、

入っていたのだが、

それに加えて、季刊の冊子が送られてくる。

それが思いがけず、とても面白い情報誌だった。


それまで、動物園は、

近くて安くて、自然がいっぱいあって、おもしろい動物も見れて

子供と遊びに行くにはいい所ではあったが、

檻に入れられた動物は、何となく可哀想だ、と子供の頃から感じていた。

例えばトラのところに行くと、いつもトラは檻のへりに沿って、

グルグルと歩き回っている。

時々吠えたり、立ち止まったり、こちらを見たりはするが、

よく見ていると、ずっと同じコースを辿って歩いている。退屈そうに..

このトラは、一年中この檻のこのルートを歩いているのかと思うと、

何だか切なくなってしまうのだ。


でも、その冊子を読んでいてだいぶ動物園の見方が変わった。

動物園の役割は、ただ動物の展示ではない。

生態のよく分かっていない、動物の研究や、

絶滅危惧種の、保存と繁殖。などなど。

ただ昼間行って檻の前から見ているだけでは絶対に知りえない、

動物達の裏情報がたくさん載っていた。

動物の面白い個性だったり、動物達の病気だったり、

動物たちがなるべく自然に近い状態で暮らせるような、工夫だったり。


ただ、退屈そう。可哀想。と思っていたが、

とんでもない、園の努力がそこにはあった。


例えば、アフリカゾウのケニー。

いつもケニーは、体が泥だらけだった。

日中は、日差しでそれがカピカピに乾いて、なんだかすごいことになっていた。

それを見て、私は「体くらい洗ってやれよ~!」と思っていた。

だが、その冊子には、

ケニーの大好きな泥遊びの為の赤土を、よそからダンプカーで

週に何度も運ぶという話が載っていた。


アフリカゾウは、日差しや虫から皮膚を守るために、

赤土の泥を体に塗るのだそうだ。

赤土を補充しても、ケニーはすぐに塗ったくってしまうので、

いつもケニーが充分に泥を浴びれるよう、動物園側の努力はすごかった。


この世には知らないことがたくさんある。

というか、知らないことだらけだ。

知らないと、つい物事を自分の視点で見てしまう。

そして、自分の感覚で判断してしまう。

自分から見えているのは、物事のほんの一部だ。


あのトラだって、別に「退屈」じゃないのかもしれない。

檻の向こうに立つ人間を、面白がって見ているのかも知れない。

夜はぜんぜん違う顔を持っているのかもしれない。


相手が人でも、そうだと思う。

そのことをちゃんと自覚していたいと思う。

そして、自分の感覚ばかりを過信する事のないようにしたいと思う。


なかなか むつかしいのだけれど。

森田先生のお名前

先日、少し前に購入した『森田療法の誕生』(著:畑野文夫)を

読んでいて、面白いことを知った。


森田先生は、「森田正馬」というお名前だが、

「まさたけ」と読んだり、

「しょうま」と読んだりする。

確かに、本当はどっちかな?と思っていたが、

私的には何となく響きが「まさたけ」のほうがしっくりくる感じがして、

勝手に「まさたけ」で読んでいた。


だが、この本によると、正しくは「しょうま」であるらしい。

論文や、色んなモノに先生がしたサインが、「Sh.Morita」となっている事や、

筆者は、元お弟子さんのからの証言も得ている。

「母親の亀さんからは、いつも「しょうまをよろしく、しょうまをよろしく」と

言われていた。」そうだ。

これは間違いなく、「しょうま」だ。

これからは、ちゃんと

「もりた しょうま」先生とお呼びすることにしよう。


土佐には、名前(特に男子)に、動物の名前をつける風習があるそうだ。

馬、牛、熊、虎、鶴、亀....などなど。

それは、四足の動物の名前をつけると、丈夫に育つという考え方だそうで、

干支の名前をつけたり縁起のよい動物の名前をもらったりしたそうな。


干支の動物を入れることは現代でもよくやる。

私の祖父も「牛一」だった。

お察しの通り、牛年に生まれた長男だ。

長男なのに、なんて安易な名前だろうかと思った。

名前を考えるのが面倒なのかと思ってしまう。


森田先生は、1874年生まれ。

計算すると、戌年(いぬ)のはずだから、馬ではない。

やはり、土佐の風習からつけられたものだろう。

そういえば、

土佐といえば、あの坂本龍馬は「龍」と「馬」と二つも入っている!!

(「土佐=坂本龍馬」しか出てこない自分の薄っぺらな知識が悲しいが)

そして、先生のお母さんも「亀」。

そして、先生の奥さんは「久亥」。

確かに、土佐の動物に対する信頼は絶大だったようだ。


医学が発達していない当時は、

子供が無事に成長することが、何よりの親の願いだったと思う。

せめてその名前に動物の力強さをもらって、強く丈夫に育ってほしいと

つけたのだろう。

「七.五.三」の風習も、そうだと聞いた。

昔は、子供が3歳、5歳、7歳まで無事に成長できることは、

本当にめでたい事だった。

そして神様に、

「この子をお守りいただきありがとうございます。

おかげさまで、こんなに大きくなりました。」とお礼参りに行ったのだ。

ただ、着飾って写真を撮る行事ではない。


昔の人は、今よりずっと身近に「死」があり、

悲しみをたくさん経験することで、

「生きていること」は有難い事だと、

実感として肌で知っていた。



プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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