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平等感


先日集談会に行った。

グループに分けて行う体験交流で、うちと同じ年頃の子どもを持ち

子供の事で悩んで来た母2人と同じグループになった。

私も含め、二人ともとても自分を責めていた。

特に一人の方はその日初めて集談会に来た方で、ひどく自分を責めておられた。

自分の育て方、今までの自分の生き方をも反省して...

人の話を聞いていると、そこまで責める必要はないんじゃないかな。

と冷静に思う。

でも責めてしまう気持ちも痛いほどに分かる。

母は(おそらく父も)そうして、子どもに何かあると自分を責めるものなのだと

その日は痛感した。


思えば、あまり集談会で子どもの事で悩み、自分を責めている人を見たことが

無かったように思う。

いや、見ていたのに共感を持てなかったのかも。

同じ悩みなのに、自分の方がもっと重症な悩みで、他の人のことは

一般的な悩みだというふうにでも思っていたのだろうか。

...そうかもしれない。

前にブログに「子どもの事実が受け入れられない」という事を書いたが、

受け入れられるようになることがゴールではない、と何となく分かった。

子どもを育てるという事は、苦労や苦悩が伴って当たり前なのだ。と何か腑に落ちた。

今の私の状態は、何かの途上ではなく、思春期の子を持つ母親として、当たり前の状態なのだ、と。


今までだって分かっていたつもりだったけれど、

自分は欝や神経症があったから、ものすごく苦労したように思っており、

子育ての純粋な苦労さはどう思っていたのだろう...

人のそれは、とても軽く受け止めていなかったか。

私は神経症とうつの中でいろいろやれなかった分、今子ども達にそのいろいろが

噴出していると思う。

それも含め全部当たり前なことなのだ。


同じグループのお二人は、今まではわりとお元気で過ごしてきたようで、

子どもに問題が起き、悩むようになって、森田を知ったと言う。

そういう人でも私と同じように、悩み苦しみ、自分を責めている。

子育てとは、そういうものなんだ、と分からないけど分かった。

そして誠実で責任感のある親であればあるほど、子供を通して自分の生き方を問われている。


二人の母と私の間には多少の違いはあれど、

子供と向き合う母という点では何も変わらなかった。

私もお二人の苦悩がよく分かって、

お二人も私が神経症の中で子育てした辛さを、大変だったね、といってくださった。


「子育てって大変だね~、小さい頃はただただ可愛いだけだったのに~」と、お二人。

私は小さい頃も大変だったな、と心の中で思ったけど、差別感は感じなかった。

それより、子供と向き合うって大変だ!でも頑張ろう!とお互いを慰めあい

励ましあえた平等感のほうが強かった。

有意義な集談会だった。


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プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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