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自転車へのこだわり

私は普段自転車をよく使う。

俗に言うママチャリだ。

私は自転車には結構お金をかける方だ。

買うときはいいやつを買う。

今乗っているのはブリジストンのいいやつだ。赤茶色でとても気に入っている。

もう5年半乗っているが、全然どこも悪くなっていない。

タイヤの空気はマメに入れる。走り方がぜんぜん違うからだ。

空気を入れたばかりの自転車は、電動アシスト付きかと思うほどよく走る。

時々、街で自転車の後輪がぺしゃんこのまま乗っているのを見ると、

自転車が悲鳴を上げているようで、可哀想になる。

先日、空気を入れるときにタイヤのゴムが劣化してひびが入っていたので、

タイヤ交換をした。

これでまだ5年、10年乗れるな、と思うと嬉しかった。

そう自転車は10年くらい平気で乗れる。だからいいやつを買った方が、かえって安いのだ。

時々油もさす。KURE556だ。

可愛がってやると物は期待に応えてくれる。

あと10年この子に乗って、次買い替える時は私も50うん才。

その時は電動自転車を買っちゃうのかな...。

いやいや。

この子が壊れるまで10年でも15年でも乗って、

自分が足が上がらなくなって、大きな自転車に乗るのが辛くなった時に

買い替えよう。

小輪車に!

乗り降りが楽チンだから。

近所の90近いおじいさんがクルクルと乗り回しているのを

見てそう思った。




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車内での携帯電話はご遠慮ください。

前に公共交通機関のバスに乗ったときに、携帯でずっと喋っている若い女性がいた。

時々不意にかかってきてしまい、電話に出る人は見かける。

でも申し訳なさそうに「今バスだから、降りたら掛け直すね。」

とか言ってすぐ切る。

そう。「電車やバスの中での通話はご遠慮ください」だからだ。

でもその女は、声を抑えてはいるものの、なぜか切る気配がなく

談笑している。緊急な用事でもなさそうだ。

平日の15時ごろ。

客はどっかへ行った帰りの高齢者がほとんど。

でも基幹バスなのでわりと人は乗っていた。

女は私の斜め前に向かいあう形で座っていた。

わりと静かな車内で、女は一人で誰かと喋り続ける。

逆にすごい勇気だ。

周りの人たちは無表情で感情が読めない。

私は段々イライラしてきた。

何で切らないの?もう10分は経っている。

アホなの?運転手も注意しろよ。

私は、その女が電話を切らないわけをいろいろと

考えめぐらしていた。

そしてついに一つの納得できる理由を見つけた。

この女はきっと「車内での通話はご遠慮ください」のルールを知らないんだ!と。

普段交通機関を全く利用しない人ならそれはあり得る。

そうかそうか。それなら仕方がない。

でも私はそれでおいそれとその女を許すような人間ではない。

曲がった事が嫌いなのだ。よくも悪くも。

知らないなら、教えてあげないと。と思ったのだ。

でも見ず知らずのこの人に、いきなり物を注意するのもいざというと

勇気がいるものだ。

もうすぐ私はバスを降りる。

降りる前に一言教えてあげよう。

そう決心し、私は降車のブザーを押した。

そしてバス停が見えてきた所でその女性のところへ行き、

肩をぽんぽんと軽く叩き、「あのね、バスの中は通話禁止ですよ。」

とできるだけ冷静に優しく教えてあげた。

1回目は聞こえていないようだったので、2回言った。


果たして、女は電話を切ることは無かった。

電話を持っていないほうの手で私を制するように、まあいいからいいから的なしぐさをし、

頭を2,3度下げた。そして私から顔を背けて電話を続けた。

私はバスを降りた。

あれは何だったんだろう?

結局女は知らなかったわけではないようだ。

あえての通話だったのだ。


私は歩きながら、段々腹が立ってきた。

バスの中ではとにかく女に腹が立っていたが、

今はバス中全体に腹がたっていた。

隣に座ってたおばさんも、その隣に座ってたおじさんも皆寝たふりしていた。

バスの運転手も、気が弱い人なのか一度も注意することがなかった。

そして女は非常識にも喋り続けた。

その無関心さに腹が立って仕方がなかったのだ。

私が注意しても周りの人らは無関心だった。

そのことが無性に哀しかった。

私が子どものころは、もうちょっと社会がお節介だったように思う。

あんな人がいれば、絶対に口うるさいじじいとかがいて

「こらー!いつまでしゃべっとるー!」と一喝する人がいたものだ。

高校生の頃、地下鉄で友達同士で騒いでいたら、おじさんに「静かにしろ!!」と

怒られたこともあった。

今はみんな見て見ぬふり、か。

人がやさしくなったのか?

いいや。おそらくどうでもいいと思っているのだ。

面倒なことには巻き込まれたくないのだろう。

昔私達を一喝したじじいが懐かしかった。

そのときはくそじじいと思ったが、今はそのくそじじいの

優しさ、心の温かさを感じる。

私の勇気は虚しく空振りに終わった。

言わなきゃよかったな、と少し思い

そして、思いなおした。

やっぱり言ってよかった。

もし何も言わずに降りていたら、もっともっと後悔しただろう。

お節介と言われようと、意味がないと言われようと

私は自分が意味があると思えば、怖くてもやっていく、これからも。


プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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