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物の性を尽くそう! by正馬

今私がチャレンジしていることは、

何かを切らしたときや壊れてしまった時、

すぐに買いに行くのではなく、何とかなくても生活できないかと、

試行錯誤してみる。という事を時々意識的にやっている。


私は知らぬ間に、無いものはすぐ金で買いに行く。という

習慣が身に染み込んでしまっていることに気が付いた。

トイレットペーパー、ノートも鉛筆も。洗剤も猫の餌も。

でも、それは国が豊かで、いつもいつも店にはふんだんに

商品が並んでいて、いつでもお金さえ出せば便利で快適な暮らしを

維持できることができるからだろう。

そしてそれが当たり前になっている。

でもそれは決して当たり前ではない。

大きな災害が起きれば、ライフラインも物流も止まり、

いくら備えてあっても、あっという間にその生活は行き詰る。

何もかも足りなくなる。

そう知ってはいても、今現在自分の周りで起こっているのでなければ

自分には関係のない話で終わってしまう。

何か事が起きない限りは、当たり前のように色んなものを購入しては消費しまくる生活を

決してやめようとはしないだろう。

でも時々は、思いがけず切らしたとき、慌てて買いに走る前に、

ちょっと立ち止まって考えてみる。

無いことを我慢して、あえて不便を感じながら暮らしてみる。

思いがけない代打が出てくるときもあるし、

自分でダンボールや針金で変わるものを作ったときもあった。

例えばテープのりを切らした時は、引き出しの奥にしまいこんであった

昔ながらのノリを使った。

手がべとつくし、使い勝手もテープのりにはかなわない。

でも、何年越しで使い切ることができた。

使い切ったらやっぱりテープのりを買いにいったけど。

そのチャレンジが何になるかと聞かれたら、自分でもよく分からない。

何かの目的でやっているわけではない。

ただ、何か事が起きて不便な生活を強いられるときも、

無い事ばかりを騒ぎ立てるような人にはなりたくないなぁと思う。

被災している方々には、そんなことくらいで何になるものか、と一蹴されるだろうけれども。


森田先生は物の性を尽くせ。とよく言った。

身近な物、水や紙切れ、といったものから、人がごみにすててしまうような物

も拾ってきて、色んなものに使ったそうだ。

人も然り。その一人一人に与えられた能力、性質を存分に発揮する事が生きる喜びだと

幸せだと、説いた。

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ダライラマと森田先生

少し前だが、偶然な感じで「ダライラマ恋して」という紀行文を読んだ。

偶然というのもおかしな言い方だが、本当に偶然なのだ。

そのいきさつはこうだ。

ある方のブログを読んでいたら、そこにオススメ本として

たかのてるこさんの「ガンジス川でバタフライ」を上げていた。

面白そうだなと思い、図書館に借りに行った。

そしたら「ガンジス川..」はなかった。

ネットで著者について少し調べてみると、世界のちょっと変わった所

へ旅をしておられる。どれも面白そうだ。

何でもいいからその方の本を一冊読みたいと思い、その日図書館に

あったのが「ダライラマに恋して」だった。

とても読みやすくて、たかのさんのパワーが溢れ出ている

紀行文だ。

ダライラマに関しては薄っぺらな知識しかなかった私だが、

本を読んで、ダライラマさんについて、とてもよく知ることができた。

そして「チベット仏教」についてすごい興味を覚えた。

私の知っている仏教とは何かがぜんぜん違う。

本の中のチベット人は、たかのさんに言う。

「チベット仏教は宗教じゃない。自然科学だよ。」と。

私は、ん~???と衝撃を受けた。自然科学?!つまり真実を見つめる学問...

そして読めば読むほどそれは森田療法に似ている。

そう森田療法も自然科学だと言っていいと思う。

ダライラマが言う事や、

チベット人の心の中に深く浸透している思想。

それらは森田療法のそれと照らし合わせても、何もけんかしない。

私は普段からさまざまな思想や心理学などを紹介しているのを見ると、

「あ~そこは森田ではこうだな」、とか「そういう事いうから

余計に矛盾ができるんだよな~」と反射的に分析してしまう。

でもチベット仏教はそれがない。森田との矛盾がないのだ。


チベットの空は青が濃いそうだ。

その下でチベットの人たちは、謙虚に慎ましやかに朗らかにお互いを

思いやり、助け合って、とても自然に生きている。

まるで幸せであることが当たり前であるかのように...。


ダライラマは生まれ変わり生まれ変わりして、今14世。

その教えを受け継いでいる。


人は幸せになるために生まれてきている。

そして、誰にもその資格があり、その権利をもっている。

そして幸せな社会を作っていける。

チベットに行ったら、その事を心から信じることができるような気がした。

※ダライラマは亡命されて、今はチベットにはいない。

 現在は北インドのダラムサラという町におられる。

プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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