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ゲゲゲの世界

私は水木しげる先生が大好きだ。

お亡くなりになってしまって本当にさみしいが、

先生も人間なので仕方がない。

いや、お亡くなりになってやっと妖怪になれたのかも

しれない。

妖怪にまでならなくとも、あっちで妖怪たちと

毎日ドンちゃん騒ぎして楽しく暮らしておられるだろう。


先日、東京を散策する旅番組をやっていて、

水木先生の暮らした、調布市を歩いていた。

商店街にはゲゲゲの妖怪のキャラクターたちが

あちこちに息づいている。

妖怪喫茶みたいなのもある。行ってみたい。

NHKの朝ドラでもよく出てきた、深大寺。

最近国宝に指定されたと言う仏像は、

見たことのない格好で座っている。

現代人のように、足を放り出して何かに腰掛けているのだ。

沐浴の後なのか、着ている布はピターっと

体に張り付くように沿っている。

その表情は、仏となった仏陀ではなく

生身の人間であった仏陀の姿のように私には見えた。

いつか水木先生の息遣いが聞こえる調布に行こう。


妖怪について、皆さんはどんな見解をお持ちだろうか。

私は断じて、いる(いた)と思う。

9割希望だけど...

でもそれら目に見えない、あるいは見にくいものと

隣り合わせで暮らしてるって、わくわくしませんか?

私たちが気付かないだけで、同じ家の中に座敷ワラシだったり、

自然のあらゆるところに、龍だったり河童だったり天狗だったり

化け猫だったり、小豆荒いだったり...

がいてくれたら私はとても嬉しい。

私は龍を見たことはないが、限りなく龍に近い雲を見たことがある。

そのうろこの感じ、長い胴体をうねっているかんじ。

青い空に雄大に泳ぐその姿は、私には龍にしか見えなかった。


そして妖精の声を聞いたことがある。

中学生だったと思う。

母が夕方、台所に立っている隣の居間のこたつで、

私は寝転がってうたたねをしてしまった。

眠りが醒めていくぼーっとした意識の中で、家の中に複数の笑い声がする。

それもとても近いところ。私の頭の辺りを取り囲むような感じで。

3~4人が楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。

きっと姉が友達を何人か連れて来たんだろうと

夢とうつつの狭間で何となく思っていた。

やっとしっかり目覚めて、起きあがると私はなぜか泣いていた。

頬が涙であったかくて、妙にさっぱりした気分だった。

部屋は薄暗く、静かだった。

私は不思議に思って、台所の母に「お姉ちゃん達は?どこいったの?」

と聞いた。

母は「まだ帰ってきてないよ。」と言った。


夢?でも夢というにはあまりにリアルだった。

よく分からないまま、数年が過ぎ、そのことは記憶の底に埋もれていた。

あるときテレビで、ある芸能人が小人を見る話をしていた。

私の記憶の引き出しから、その体験がよみがえってきて、

腑に落ちた。

あーそうだったのか!!

あの時私が聞いたのは、妖精?小人たちの声だったんだ。

寝ている私をからかって、小人たちがキャっキャと「かごめかごめ」

でもやっていたのかもしれない。

あのとき流れた涙の温かさ。

本当に楽しそうな笑い声。

30年近くたった今でもはっきりと思い出すことができる。

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六花ちゃんと自然

私は3年ほど前まで抑うつ状態でした。

11年前の春に発症し、うつ病と呼ばれる期間は5年ほどだったでしょうか。

その後、なんとなく回復しているようで落ち込みが激しかったり、

相変わらず抑うつ気分に振り回されていることが多くて

すぐくたびれていました。そんな期間が3-4年続きました。

うつを発症してから、約10年間薬を飲んでいました。

現在は森田療法のおかげで、見違えるように元気になりました。


うつの時は、人と関わることに疲れてしまい

どんどん人とのつながりが希薄になってってしまいます。

そんな時いつも私が慰められていたのは、

自然でした。

自然は何も言わずにそこにいてくれます。

私のことを非難も評価もせず、いたいだけずっと

ありのままの私と一緒にいてくれます。

傷ついてぼろ雑巾のようにくたびれた私を

優しく温かく慰めてくれました。

私は子どもの頃は田舎で育ち、今は都市部に住んでいますが、

こんな街中でも自然はあります。

冬は昼中ずっと日のあたる部屋で、お日様に体を温めて

もらっていました。

道端の風にゆれる草や花。鳥や虫。

散歩している犬や野良猫。

物言わぬものたちが私の安心できる友達でした。

時間だけはたっぷりあり、どこへ行くでもない私には

それらがよく見えていました。


今はわりと忙しくしていて、ともするとそれらを忘れがち。

時々ふと空を見上げ、空をじーっと見ることがあります。

そして、やっぱり私はこういう時間を持たなきゃな、と思います。

雲の動き。鳥が横切っていく。

心のスピードがぐっと落ちる。

ほっとため息がでる。

あー忘れちゃいけない。この歩調。

そう思いつつまた日常の中で私は忘れていきます。

でも大丈夫。

立ち止まるとき。振り返るとき。

足元に。私の上に。とても近いところに

必ず自然は待っていて私を受け止めてくれます。

生活の発見会

なかなかブログを書くって難しいんですね。
あまり気負わず、ぼちぼち続けていきしょ。


私は「生活の発見会」に入っています。
知っている人もいるかもしれません。
現在会員は日本全国に2200名くらいいます。
まあ、簡単に言うとメンタルヘルスの会です。
詳しく知りたい方は、検索してみてくださ~い。

誰が名づけたか、「生活の発見会」とはまた上手く
つけたなぁ、と感心します。
発見会は、「森田療法」の学びの会です。怪しい宗教ではありません。森田正馬先生はいまから約100年ほど前に、この精神健康法を確立されました。日本独自のメンタルヘルス理論というのは現代でもないんじゃないでしょうか。
森田の理論にも一言も「生活の発見」という言葉は出てきません。
でも確かに、森田理論をやってくると、少しづつ快復し
生活の中にたくさん発見が見つかるようになるのです。
ささいな身近な発見から、自分の心の内面的な発見まで。
私もブログの中で、
私の生活の中の発見!をつづっていこうと思います。

早速昨日の発見です。

昨日は月に一回の集談会でした。
集談会は発見会の集会です。
朝から夕方まで会議室の中で過ごし、
とても楽しかったのですが、帰るときに何だか無性に
歩きたくて、一区手前で電車を降りて、歩いて帰りました。
多分外の空気を吸いたかったし、ずっと座っていたので
体を動かしたかったのでしょうね。
雨がぱらついていましたが、とても気持ちよくて
今日みんなで話したことなどを考えながら歩きました。家に着く頃には、なんだか身も心もスッキリして、あー疲れた~!とグダグダすることもなく少し休憩してから台所に立てました。他にもメンドクサイ仕事を頑張って終えた後などは、
さっさとまっすぐ帰るよりも、しばらく自転車を押して歩き、
よし帰ろう!と言う気持ちが整ってから帰るほうが、
家に帰ってからの疲れが違うようです。

歩く速さってとても大事だなって感じます。
車や自転車を降りて歩くと、急に見えてくるものがあります。
足元の草や花。昭和の匂いの漂う看板。
こんなところにこんなものがあったんだ。と。
自転車でもかなりのものは見えるけど、やっぱり早送り。
歩くってことは本当の意味で、地に足つけて生きるっていうことのような
気がしています。

平成の大飢饉

今年の天候は完全におかしい。
四季の移り変わりに情緒もヘッタクレもない。
冬は長く、ちっとも終わらなかった。
立春も啓蟄もどこがやねん!、と突っ込みたくなるくらい寒かった。
彼岸を過ぎようが、3月が終わろうが、一向にゆるまない寒さ。
いつまでコート着とんねん!
いつまでカイロ貼っとんねん!
いつまでストーブ付けとんねーん!!
とイライラしていた。
いつも通りに季節が移らないと言うことはこんなにストレスか。
こちらは緩んだと思ったら、札幌は吹雪いていた...
いつも春を告げる沈丁花は3月に香っていた...
桜が咲いたと思ったら、雨が続いた。
寒いので意外と桜は永くもった。

やっと暖かくなったと思ったら、真夏日で熱中症に注意だそうだ。
...

彼岸が過ぎるころ、私は毎日の天候にイライラするのが疲れてきた。
天気予報は今日も明日も明後日も冬並みの寒さでしょう....と告げている。

そして、何にイラついているのか、はっと気が付いた。
私はいつも通りに季節が進まないことに、つまり自分の思い通りに季節が進まないことに
イライラしていたのだ。
いつもならもう寒さが緩む頃。いつもなら沈丁花が咲く頃。
いつもなら、いつもなら
なのになんでこんなにいつまでも!(*`皿´*)ノと言う具合に。

いかんいかん、また悪い癖が出ていた。
そう。自分の思い通りにことを運ぼうとする悪い癖。
そうでないときは...。
事実をちゃんと見て。
そうそう。
今日も寒い。明日も寒い。理由なんか知らない。とにかく寒いんだ。
今年はいつまでも。
そうやって毎日の事実を見つめるようにしたら、
事実と頭の中の理想に差がなくなって
イライラしなくなりました。
あーよかった。
いくらなんでも気候まで思い通りにしようとするとは。
いや。思い通りというわけではないけれど、事実を受け入れられずに、
事実に抵抗してる自分がいて
ちょっと自分でもびっくりでした。

今年は飢饉かもしれない。
平成の大飢饉。
たとえ毎日異常なことが続こうとも、
毎日毎日その異常な事実と向き合い続けようと思う。



事実を見る。ということ

今まで私は事実を見る事がなかなかできなかったように思う。
今は日々事実を見つめる訓練をしている。
訓練といっても、何も特別なことをしているわけではない。

日常の中で、不安や悩みがあると、それを紛らわそう、和らげようと、
心の中でいろいろな試行錯誤が始まる。
ほぼ条件反射的に。
それは、こうであるはずなのに、という理想に対して、
なんで?何がいけなかったのかという原因探し。
もっと良くしていくために、もっとよい行動をと
自分を駆り立てる焦燥感。
そのとき私は、理想の自分しか見えていない。
そこが基準になっている。
そしてそこから現実の自分を見下ろして、嘆いているのだ。
現実できていない自分。恐れで足踏みしている自分は
置いてけぼりだ。

もっとその自分を見つめてみよう。
理想はとりあえず目標として掲げておいて、
そこへ行くために、ではなくて、
足元に転がっている自分自身のありのままを見つめてみよう。
多分そのことが今まで怖かったんだ。
そのまま見つめて、その自分を受け入れていけるのか。
自分を否定してしまいそうで。
受け入れるために、よりよい自分になろうとしたのかもしれない。

今も時々空想や人との比較の中で苦しくなるときがある。
そのときはだいたい現実が厳しい状況にある。
でも苦しくても、現実のありのままをじっと見つめるよう心がけている。
私にとってはそれは訓練なのだ。
すぐに現実から逃避したくなってしまう。
でもじっと我慢して、そこにとどまっている。
現実を現実だとしっかり受け止めるとき、
そこにむやみやたらな不安感はない。
一歩一歩目の前のことをやっていくだけだという
妙な覚悟が生まれる。
ちゃんと足が地に着くのだ。
不安だけれど、安定している。
そんな以前は体感できなかった境地がそこにある。
そして、その感覚はこれでいいんだ、これが正しい道だと
心のどこかが納得している不思議な感覚だ。
 
 

4月のしんどさ

今年も新年度が始まった。
私だけではないと思うが、この時期が嫌いだ。
できれば私は目を瞑って耳をふさいでいるから、1週間飛ばしくらいで
早送りしてくれないかな~、と思ったりする。
自分自身はあまり「年度」という概念に縛られるような仕事じゃないが、
主人や子どもたちはバリバリある。
子どもたちは学校というめんどくさい組織に属している。
新しいクラスメイト、新しい先生、新しい、、、
思春期の子どもたちにはストレスだ。子どもたちは私に似て繊細だ,,
私は関係ないはずなのに、やたら疲れる。
4月が終わるころには少しは安定するだろうか。

そのこととは関係ないと思うのだが、最近やけにメランコリーにとりつかれる。
自分でもよく分からないのだが、
冬うつが立春とともに過ぎ去り、しばらくは平和な日々だったが、
最近、なんだろう..うつというのとも違う。
やる気や意欲はあるのだが、物悲しげな感情がふっとわく。
それをどうするのでもないのだけれど、
春はどうしてこんなに物哀しいのかな。
だから余計に、早く過ぎろ~。一週間飛ばしで早く~とか思ってしまう。
木の芽どきってやつかな?

人は心身はちゃんと自然の影響を受けて生きている。
潮の満ち引き、月の満ち欠け(同じか)、季節、気圧。
自分が知らないだけで、ちゃ~んと体や心は知っている。
人間も大自然の一部なのだ。


人間関係が難しくなるとき

人間関係は難しいものだが、

どうして難しいかと言えば、相手の真意が分からないからだと思う。

例えば、何か言ったことに対して、相手が無言だったとする。

その相手が目の前にいるならば、何で何も言ってくれないの?と

問うこともできる。

しかし、現代のコミュニケーションは相手がそこにいない場合がとても

多い。メールやSNS。相手に反応がないその時、その理由はいろんな可能性がある。

寝てしまった。外出した。電話中。風呂に入っている。食事中。そして無視されている。

そして人は、反応がないことをあまり肯定的には捉えない。

そしてやむにやまれぬ状況で、返答できなかったとしても、無視されたと取られてしまう、または取ってしまうことがままあると思う。

一生懸命に悪くない理由を想像してみる。

でも決して最悪の可能性は否定しきれない。

そして連絡付かない時間が長いほど、その溝は深まっていく。

多分。もう少し踏み込めばいいだけのことなのだ。

なんで返事くれないの?と直接メールで聞いてみる。

電話で話してみる。

なんなら会ってみる。

きっと、ほとんどがなんでもないすれ違いだろう。

想像の世界から一歩出て、現実にアプローチしてみるだけの

ことだ。

いつからこんなに人間関係が難しくなった?

いつからこんなに複雑になった?

分からないときは、相手にぶつかってみればいい。

そうやっていつも現実を捉えて生きていたい。

みんなが丸々太れますように。

神経症の人はやせている人が多い。

 

私もかつてはとても痩せていた。

標準体重から10キロほど痩せていた。

体はどこも悪くないのに、病的に痩せていた。

鏡を見ると、鎖骨が浮き出ていて夏場は首の開いた服を

着るのを躊躇した。

体はどこも悪くないのに、、、

それだけ神経症が精神を蝕んでいるのだと思う。

今でも集談会に行くととても痩せた人をよく見る。

そしてそこまで精神が追い込まれているのだと辛くなる。

神経症は本当に辛い。

みんなとても真面目で、いい人で、罪や犯罪から一番遠い

人たちなのに、その繊細さと潔癖さゆえ自分を責めて生きている。

森田療法は、その人たちを解放できる唯一の療法だと私は思っている。

 

私の夢は、その人たちを太らせることだ。

そのために私は自分の時間をたくさん使いたい。

今年の目標は

「くちびるに歌を

           心に太陽を

                 人のために言葉を」 だから。

森田先生の命日に、ブログをはじめました。

今日、4/12は私の敬愛してやまない、森田正馬先生の79回目の命日だ。

1938年(昭和13年)先生はご自宅で肺炎でお亡くなりになった。


64歳だった。


そんな日にブログをはじめることにした。

たまたまだったけれど、ふさわしいかもしれない。

 

今日私は、近所の大きな公園に買い物がてら寄った。

そこに自転車を置いてイオンまで歩いた。

平日でも公園は花見の人でにぎわっていた。

久しぶりに春らしく晴れ、風に冷たさはなかった。

桜は満開をすぎ風に舞っていた。

平和だなぁと思った。

気持ちが良かった。

森田先生はこんな花の降る日に亡くなったのだろうか。

庭にはいろんな花が咲いていたろう。

最期の最期まで、死ぬのは怖い、死にたくないと泣き喚いてぼくは死ぬから、

よく見ておきなさい。と弟子たちに言って

そのとおりに亡くなった。


人はそんなに立派ではない。

立派に生きる必要もない。


そう教えてくれたのは森田正馬先生。

自然に生きることを、その生き様でもって弟子たちに見せた先生。

人間の再教育だと言っていた先生。


先生。

発見会の行く末を、

どうかどうか見守っていてくださいね。

 

 

 

 

 

プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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