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秋うつ~~~。

ハッ、気付いたらこんなにブログを更新していなかった!!

また休んでると思われちゃう!



なんだかね~、

暑さが緩んで、過ごしやすくなってくると、

気が抜けて、毎年の事ながら

この時期は、プチうつに襲われます。


体がホッとして、心も緩むのですね~。

あ~あ、プチうつ。


うつが来ると、

そんなに忙しくないのに、

ちょっと忙しいだけでも

すごく忙しいような気がして

しんどいです。


こないだ、うつを経験された方とお話していて、

今は治られたのですが、

「私は、季節的に今でもウツっぽくなります。

          そういうことありますか?」

とお聞きしてみました。

その方は「そういうことはありません。」と言われました。

その方は、うつになる時は、ちゃんと理由があるのだそうです。


私は、本当のうつだった時もそうでしたが、

いつも特に理由がないのに、上がったり下がったりでした。

それは天候だったり、

気温だったり、

日照時間だったりに

一番左右されているような気がしていました。


きっとうつにもいろんなパターンがあるんでしょうね。


うつが来て一番しんどいのは、

まだうつの自覚がない時です。


なんでこんなにしんどいんだろう?

疲れてんのかな?

風邪でも引いたかな?

と思いながら、いつも通りやろうとしている時です。


数日経ってやっと、

「あ、ウツが来てるんだ!」と気付きます。


そう気付けば、いつも通り動く事は無理だとあきらめられるし、

だったらいろいろ仕方がない、と変に開き直るので

気持ち的に、ずいぶん楽になります。


やっぱり「自覚する」って大事ですね~~。


自覚が出来ると、現実的に対策を練っていくことができます。

私の場合、

「いかに楽して!」

「いかに手を抜いて!」

でもみんなになるべく迷惑掛けないようグータラ過ごすには...

と一生懸命頭をひねっています。


これは「かくあるべし」が邪魔するとなかなか出来ません。

思い切って「かくあるべし」をそぎ落としていく覚悟が必要です!


つい先日、学習会でお話を聞いた方の「かくあるべし」の捨て方はすごかった。

「僕んちの元旦はいつもマクドナルドドライブスルーです!」とか、

「一家に一台炊飯器でご飯を毎回炊くのは、無駄が多いから

              みんなサトウのご飯にしたらいいと思う!」

「調理しなくても食べれるものはたくさんあるから、

      なるべく調理せず食べられるものを食べています。 

               下手に調理すると、不味くなる!


いや、さすがY先生!達観しててスゴイわ~!! 笑







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お姉ちゃん

先日、姉が、

「仕事の研修でそっちへ行くから、ランチでもしない?」と言って来た。


私と姉はめったにランチなどしない。

人生で3度目くらいのランチだ。

姉は、車で一時間くらいのところに住んでおり、

今も現役バリバリの看護師で、とても忙しい人だ。

そして何より私とは性格がまるで違っていて、

子どもの頃から、まったく息が合ったためしがない。


何であんな気が強い人が私の姉なのか?

本当に同じ姉妹だろうか?

私は本当は、橋の下で拾われた子じゃないだろうか?と

子供心に真剣に悩んだものだ。

(その当時、母に冗談半分でよくそう言われていた。)

※神経質傾向の子どもにそういう冗談を言ってはいけません!

 マジメに悩みますから~。(o・`з・´o)ノ


普段から連絡を取る事はまずないけれど、

最近は、盆や正月など会った時に、お互い子どもの問題などを話す事があって、

以前よりは、心の距離は縮まってきたように思う。

にしても、ランチは「珍事!」で、旦那にも「珍し~!」と言われながら

断る理由もないので、出かけて行った。


私にとって姉は、いつも怖い存在だった。

一緒にランチや買い物なんて、まず行かない。

テレビドラマや人の話しで、姉妹で仲良くキャぴキャぴやっている姿を見聞きすると、

私は羨ましいような、切ないような気持ちに駆られた。

でもそれは、求めても私には手の届かないものだった。


聞けば、きっちり一時間の昼休みしかない、という。

移動して、ご飯を食べて、ちょこっと喋ったら終わりだ。


私は研修所から近くのうどん屋さんに連れて行った。

一時間しかないので、近くて、早くて、混まない所がいい!と思ったのだ。

幸い休憩は12:30~だったので、少し店はすいてきていた。


うどんを食べながら喋り、

食べ終わってからも、時間いっぱいまで喋っていた。

主にはお互いの子どもの問題のことだった。

こんな風に二人だけで話すのは本当に久しぶりだ。

姉の顔をこんなまじまじ見たこともなかったような気もする。


うちの息子が学校をやめたことを心配してくれ、

どうしてるかと聞かれたので、

「先月からバイトに行き出したよ。」と言うと、

「良かったじゃん。」と言ってくれた。


姉は姉で、娘の事で頭を悩ませていた。

私にとっては姪っ子の話だ。

聞いてて辛くなる内容が多かった。

森田で学んだ「傾聴」を生かして、とにかく姉の話を聞いた。

あまり深刻にならないように聞いた。


そんな深刻な話をしていたら、

ランチ終わりで空いてきた店内に、大きな白いネコがゆっくり入ってきた。

長毛の尻尾がふさふさ揺れている。

こんな大きなネコは外国のネコだろう。

うちのミーちゃんの1.5倍はある。

机の脚の間を、のしのしと優雅に練り歩いている。


私たちのテーブルの下にもやってきた。

頭をなでてやると、ゴロゴロ~と気持ちよさそうに

目を閉じている。

「か~わい~ね~~。」

実家では猫を飼っていたので、姉もネコは好きなのだ。

話しは変なところで途切れ、

二人で猫を見てアハハと笑った。

そこで時間となり、姉はまた研修所に消えて行った。


その夜遅く、姉からメールが来ていた。

話しが途切れていたので、

その続きみたいなメールだった。


何回かやり取りがあり、

「なるようになる。」

「というか、なるようにしかならん。」

ということでお互い納得した。


姉にしては珍しく、

「今日は、愚痴ばっかになってゴメン。」と言ってきた。


「そんなことないよ。お姉ちゃん。

     私でよかったらいつでも愚痴ってよ。」


そう思ったが、

   恥ずかしいのでメールはサラッと返しておいた。








見つめる

見つめる

見つめる

見つめる

見つめる


物事を、見つめる。

自然を、見つめる。

心を、見つめる。


ただ、見つめる。

逃げないで、見つめる。

本当にただ見つめればいいのに、

ただ、見つめる事は案外難しい。


事実をそのままに見つめる事はとても大事だ。

それは、自分自身を等身大に見つめる「目」にもなってくれるからだ。


それまで私は、

自分ばかりが不幸のような、

自分ばかりがこの世の苦労を背負い込んでいるような、

皆そこそこ幸せに楽しげに暮らしているのに。

自分ばかりが我慢して、

自分ばかりが辛くて、

自分ばかりが....

そんな風に思えてならなかった。


でも、

事実を見つめようと、意識的に訓練をしていくうち、

だんだん自分の足元が見えてくるようになった。

自分が思っているほど、崖っぷちに立ってる訳でもないこと。

小さくても自分が出来ていることも、一つ一つ見つめた。

どうしても出来なくて、

どうしても怖くて逃げてしまう自分を

歯を食いしばってでも、見つめるようにした。

本当は全然認めたくないのだけど、

認められなくてもいいから、そのまま見つめた。

自分の事を認められない自分も、やっぱり見つめた。


そうしているうちに、

ある日、はっきり自分の立っている位置が見えたんだ。

「あ~、私こんなところに立っていたんだ」って。


私の行きたい場所は、そこから遥か遥か上の方にあり、

今自分の立っている場所からは、到底辿り着けないような気さえした。

あんなところまで一足飛びに行こう、

行けるかもしれないって思っていたなんて、

本当に自分が分かっておらず、

現実が見えていなかったんだ、と思った。


足が地に着いた事で、腹が据わった。

ここから一段一段上るしかない。

それしか方法がないんだと、本当に思えた。

もう「一足飛び」も「一段抜かし」も、ない。

とにかく一日一日、一歩づつでも前に進む。


神経症の中にいる時は、

自分がどこに立っているのかさえ分からなかった。

進んでいるのか、退がっているのかも分からなかった。

がむしゃらに行動した日も、これで良いのか分からなかった。

一足飛びに理想を求めて、

一瞬つかんだように思えても、

また一瞬のウチに泡と消えた。

どこに向かえばいいのか、

何を目指せばいいのか、

やってもやっても虚しかった。


やり直すべき課題は、山積みだった。

それでも足が地に着いたから、

あとは手と足をとにかく動かして、前に進むことだった。


どんなに道が遠くても、

どんなに道が険しくても、

もう私は嘆かなかった。

歩いた分だけ進んでいるいう実感が、とにかく嬉しかった。

それは感謝の道だった。


それは、言ってみれば

   「天動説」      →    「地動説」

(太陽が地球の周りを回る)   (地球が太陽の周りを回る)

                  くらいの視界の反転だったと思う。

それまで「自分中心」で回っていた世界が、自分は「世界のちっぽけな一部」だったと

分かったのだから。


そんな自分の姿がはっきり見えるようになってからだ。

ある日、道端の花を見て「あらま、かわいい!」と思えた。


それまでだって、いつもそこに花は咲いていた。

花の名前だって知っていた。

でも、その時はその花の名前とかじゃなくて、

その花の「存在」が、見えた。


一生懸命道端で咲いている花の「命」が見えたのだ。

そして、じーっと花を見つめた。

花が小さく風に揺れていた。

誰も立ち止まって見てくれなくても、

花は一生懸命そこで咲いているのだった。

一生懸命に生きる小さな命が、本当に健気で可愛く思えた。


今まで見ていた世界と、同じ世界のはずなのに、

今まで私は何を見ていたんだろう、と思うほど

世界は命で溢れ、

愛に溢れていた。


私は、ずっ~と「観念」の世界に生きてきたのだろう。

思考ばかりで見ていて、現実をぼんやりとしかとらえていなかったのだろう。


それからは、

 「事実唯真」が私の大切な言葉となった。


ただそこに存在する「事実」。

不安になった時、

分からなくなった時、

「事実」を見つめる。

そして、

「そうだよね、心配しすぎちゃいけないよね。」

「本当のところは、聞いてみなくちゃ分からないよね。」

と妄想の世界から引き返してくる私がいるのです。








全面、青い!!!

本日は、 晴 天 なり!


「半分、青い。」じゃなくて、「全面、青い!」だった。

空の向こうの宇宙が丸見えだ。


私は、

あんまり空が青いと、

真っ黒い宇宙が大気圏に透けて

こんな青に見えているような気がする。

多分違うと思うんだけど、なんかそんな気がしてしまうのだ。


今日はそんな宇宙まで見えそうな日だったので、

お昼休みは、公園でお弁当を食べながらボケ~っと過ごした。

木々の葉っぱが、そよ風に小さく揺れていた。

どこかで咲いている金木犀がかすかに香っていた。

まるで神様に祝福されているような日だった。


でも、やぶ蚊にもたくさん刺された。


最近、コンビニの100円コーヒーを覚えた。

(遅~っ!!と旦那に言われた。)

カップを買って、備え付けのサーバーで自分で作るあれだ。

なんか面倒で買わなかった。

でも、これがめちゃ美味い!

どこのコンビニのも好きだ。


今日はセブンのアイスコーヒーを飲みながら、

宇宙を見上げながら、

そよ風に吹かれながら、

週末は台風くるんだよな~、と思いながら、

嵐の前の静けさかしらん、とか思いながら、

彼岸花がおわっていくな~、と思いながら、

朝ドラ、明日最終回だけど、本当に15分でまとめられんのかいな~と思いながら、

律の「俺はそのために生まれてきた。」って台詞に浸りながら、

(ドラマを見ていない方には 「???」だね。)


神様を感じながら...


とてもとても幸せなひと時だった。







息子と森田療法

息子は、高3になった途端、学校に行かなくなり、

時々友達と遊びに行ったりはしていたが、

毎日家でゴロゴロしている日々を送っていた。


特にすることがなく、

落ち着いてくると、息子は時間を持て余し、ヒマそうだったので、

長年、森田をやってきた私は、

時々家事をお願いしていた。


洗濯物を干す、

茶碗を洗う、

犬の散歩、など

簡単にできることばかりだ。


でも、息子は、めんどくさそ~~に、頼まれたことを

頼まれた事だけ、最短時間で終わらせていた。

時々、「忘れた」と言ってやらないこともあった。

完全にやっつけ仕事だ。

森田先生の言う「お使い根性」でやっていた。


それでもまあ、慣れない家事だし、

一応言われたことは8割方やっているし、

実際私も助かっているし、

と大目大目で見ていた。

慣れてくれば少しは違ってくるのかな、と思っていたが、

いつまで経っても息子の態度は変わらない。

言われると、めんどくさそ~に言われたことだけやっていた。


私は考えた。

やっぱり作業の意味を伝えたほうがいいのかしらん?

そしてある日、私はこんな風に息子に言った。


六花:「ね~ね~、私があんたに家事をお願いしてるのは何でだと思う?」

息子:すごく面倒臭そうに、聞きたくね~、と言った表情で、

  「はぁ~?おかーさんが面倒だからじゃないの?

    俺別に何もしてないし。」

六:「あ~そういう風に思ってたの~。

   じゃあちょっと違うんだけどさー。

   あのさー、あんたはさー、今エンジンが止まってしまった車なんだよね。

   今まではさ、何とかかんとか頑張って学校行ってて

   あんたの車はゆっくりでも動いてたんだよね。

   でも学校やめたことでさ、あんたの車は止まってしまったんだよね。

   でさー、 

   完全に止まった車をまた動かすのって、ものすごいパワーが要るんだよね。 

   でも今あんたは、頑張らなきゃって思っても、何か目標があるわけでもないし、

   やりたい事があるわけでもないし、走っていく気力も出ない状態でしょう。


息: かすかにうなづく。


六: だからおかーさん、家事をさせてるんだよ。

   家事はさー、生きることそのものなんだよ。

   汚れた服を洗って、干して、畳んで、しまう。

   ご飯を食べるんだって、あんたは「ご飯だよ」って呼ばれて、食べて、「ご馳走様」だけど、

   本当にご飯を食べるって事は、

   まず材料を買ってきて、皮向いたり、切ったりして、調理して、お皿に盛ってって

   いう作業が全部イチイチあるってことなんだよ。

   生きていくってメンドクサイ事ばっかりなんだよ!(つい力が入ります..)


   今あなたはさ、やらなきゃならない事も、行かなきゃいけない所もない。

   だからおかーさんは、今あんたに生きるための仕事をやってもらいたいんだよ。

   それが今のあんたに必要だから、お願いしてるんだよ。

   そうやって、手を動かし体を動かしてやってみると、

   実際何一つ簡単じゃないし、時間も掛かるし、疲れるし、最初は上手く出来ない

   ことばかりで面倒臭いと思う。

   でもそうやって、手や足を動かし体を動かして実際にやってみることが

   あなたの止まったエンジンを温める事になるんだよ。」


   「これは森田の考え方なんだよ」と言うと、

   「森田か~」と、ちょっと嫌な顔をしたので、

    以降「森田」は言わないようにした。


六: 会社で大きな仕事したりさ、世界に出て活躍したり、そういう仕事もそりゃ立派だと思うよ。

   家事は、ただ生きる為の地味で目立たない仕事かもしれないけど、

   生きていくのに必要な大事な仕事なんだよ。

   今のあんたに必要だから。それがあんたのエンジンを温めてくれるから。

   嫌々でいいから、手足動かして、やりなさい。ね?」

   

   そう一気に喋った。


   息子は半分以上背中を向けていたが、

            「わかった」 とぼそっと言った。


どこまで伝わったのかは分からなかった。

でも、それ以降の息子の仕事ぶりで、「あ~、ちゃんと伝わったな。」と感じた。

それまでのいい加減な、いかにもやっつけの仕事じゃなくなった。

それは現場を見ればよく分かった。

家事に「心」が入った、という感じだ。

「きちんと」やるようになった。

ただ言われてやるんではなくて、「自分のため」と思えたのかもしれない。



それから半月ほどして、

息子が、

  「バイト決まったから。」と言ってきた。


嘘みたいだけど、ホントの話しだ。


私は面接に行っている事も知らなかった。

生まれて初めて、

息子がたった一人で決断して、行動して、

つかみとった現実かもしれない。

それまではいつもレールが敷いてあった。

高校受験でさえ、自分で決めたとはいえ、

何となくうすくレールが敷かれていた。

それを、いくつかの選択肢の中から選ばされただけだ。


バイト、がんばれよ。

もしかして、すぐやめてしまうかもしれない。

それでもいいと思う。

とにかく一歩、踏み出した。

そのことが、息子の大事な「事実」だ。


何度失敗したって

何度でもやり直せばいい。


それでいいから、

なんでもいいから、

がんばれ、がんばれ。








感情を書いてみる... ②

前回の続きです。


この話は以前ブログでも書いています。(2017、10/16ブログ)


以前に職場で表彰式があって、ある友人が表彰された。

友人と言っても、子どもの年齢が近く、同じ学区に住んでいるので

以前からお互い顔は見知っていて、

会えば挨拶する程度の知り合いママさんといった程度だ。

ヘルパーの経験年数もそんなに私と変わらない、


しかもその子は2年連続で表彰された。

私は一度も表彰されたことない....。(*´~`*) ?


その時湧いた私の正直な気持ちは、「嫉妬」のような感情だった。


「いいな~。」というか、

「あの人ばっかりズルくない?」みたいな。

「なんでそんなにあの人評価されてるの?」

だって、2年も同じ人って。

そんなにずばぬけて優秀なのか?(相変わらず失礼ダナ~...)


何だか憎ったらしいような嫉妬の気持ちは、まあしょうがない。

そう感じてしまうんだから。

一応自覚し、ちゃんと感じている。

にも関わらず、

なんだか気持ちは流れていかず、

モヤモヤして、なんども心に上ってくる。


う~、なんでかな~?

そこまで気にしてないけどな~、

何か引っかかってるのかな~?と

その時も紙に向かった。


そしたら、書いているうちに行き当たった。


それは、

「私も認めてもらいたい!」だった。


その子への妬みの気持ちとだいぶ重なっているが、

少しずれたところに、

「なんで私は表彰してもらえないの?」

「私も認めてよ!」

「私も頑張ってるのに!!」

「私も認めてほしいよ~!!!」

    という気持ちがあったのだ。


あ、そっか、私認めてもらいたかったのか!

そうかそうか。


そして、

  「私も認められたいよーーーーー!」 o(`ω´ )o

             と思い切り感じたら、

胸のつかえはサラサラと流れていったのです。


そして、見えてきました。

その子が二年も連続で表彰されるほど

実はむちゃくちゃがんばっていたこと。


その子の子どもさんには発達障害があって、育てるのは大変な苦労だったと思うが、

それが今はひと段落して、今度は仕事に打ち込んでいるんだな、という事。


私にはとても出来ない事だ。すごいな。

そう思え、

彼女の頑張りを素直に讃えることが出来たのです。


彼女はその後「サ責」になり、

今は私にお仕事を振ってくれる立場になりました。


それから2年が過ぎましたが、

彼女はサ責としてとてもがんばっています。

私も彼女には知り合いのよしみもあって、仕事上の言いにくいことも伝えてみたり、

他のサ責とは、少し違った不思議な距離感でお仕事させてもらっています。


向こうはどう感じているか分かりませんが、

私は彼女をとても信頼していて、

   大好きなサ責の一人なのです。


※サ責:サービス提供責任者の略

     ヘルパーとお客さんをつなぐ役目。






感情を書いてみる

感情が、な~んか流れず苦しい時がある。

その事に関して特に我慢しているわけでもなく、

執着しているわけでもないけどな~....


という事が先日あった。


私的には受け止めているつもりだけれども

どういうわけだか、何度も何度も心に上ってくる。

モヤモヤして微妙にしんどいので、

私は紙に書いてみる事にした。


私にとって「書く」という行為は、

自分の心と向き合うのにとてもいい手段だ。

私の場合、パソコンで打つのではなく、

紙に自分の字で書いていく。

紙はなんだっていい。

私は書いたらすぐ破って丸めて捨ててしまうので、

本当にメモ用紙も使わない。

だいたいは裏紙なんかに書きなぐる。


心を巡らせ、

文字に起こしてみる。


書いてみて、違うなと思えば、

違う言葉を探してみる。

パズルのピースを探すような感じで。

パチッとはまれば、ストンと心に落ちる。


自分の字面を眺めながら、

つらつらと心の中を掘り起こしていく。


それは、

心の小さな音にそっと耳を傾けていくような、

心の奥の薄暗がりに目を凝らすような、

そんな作業になる。


先日もそんな風にして、紙に向かっていたら

ある自分の気持ちに行き当たった。

!!そうだったのね~!!

その気持ちは、ちょっとここには書けないのだが、

最初から感じていた気持ちと、全く別の気持ちじゃなかった。

ほんの少しだけずれたところにあった気持ちだった。

最初の気持ちとだいぶ重なっているというか。

でも、もう一枚あった、というか。


以前これと似た体験があったので、

そっちの例で、もう少し具体的に書いてみたいと思います。

(実は、ブログに書いています。)


長くなるので、続きま~す。






台風21号

明日は、お昼ごろから夕方にかけて

大きな台風21号が、近くを通って行くようです。


雨が近いので、

ネコのミーちゃんが念入りに毛づくろいをしています。


20号と同じく、

予想進路は、四国を真っ二つに切り裂くように

縦断して行くようです。

高知の最大風速予想は、60m....。

しかも予想コースは、高知の野市を直撃している。

森田先生のボロボロの生家は大丈夫だろうか?

屋根瓦が半分くらい無くなるんじゃないだろうか?

先生のお墓は、少し高台の吹きっさらしだったが、

墓石が倒れやしないだろうか...。


高知はもう私にとって、ただの見知らぬ土地ではない。

私の中で、大事な土地となったようだ。


台風の通過コースの町が、

大きな被害になりませんように。

無事、通りすぎて行きますように。


明日も動かれる方、

   どうかお気をつけて。





さくらももこさん

「さくらももこさんが亡くなったよ!」

娘がyahooニュースを見ながら教えてくれた。


「えっ!!?ウソでしょ!!!!?」

私は愕然とした。

こういうのを「晴天の霹靂」というのだろう。


娘はすぐに部屋に行ってしまったが、

私の頭の中は「うそー、なんでー、53歳まだ若いのにー、

   乳がん?いつからだったの?なんでーしんじられないー」と

茶碗を洗いながら頭の中をグルグルグルグル回っていた。

自分でもなんで?と思うほどショックを受けていた。


私がちょうど小学生時代、

月刊誌「リボン」を毎月買って読んでいた時に、さくらさんはデビューした。

だから「ちびまるこちゃん」も最初から読んでいた。

単行本も姉とお金を出し合って揃えた。

なんだか「まるちゃん」は、どことなく行動パターンが私によ~く似ていて、

共感というよりはモヤッとしたのを覚えている。


私はマンガよりエッセイが好きだった。

エッセイ集もほぼ持っている。


あまりにおもしろい話しは娘と二人で声に出して読み、笑い転げた。

まだ娘が小学生だった頃だ。

私のどん底の時代にも笑いをくれた本だ。


おもしろおかしい話しの中にも、時々ふと見せる

人や動物に対する温かい眼差し。

世の中に対して、冷めた視点と温かい視点と両方があった。

そんなさくらさんが大好きだった。


そして、まるちゃんもそうだが、さくらさん自身も

「あ~~、めんどくさい!」

「や~だな~も~」などとよく口にする。

そんな自分の正直な心を、「いい」でも「悪い」でもなく

完全に受け入れていた人だったように思う。


自分の弱い心を、

ちゃーんと知っていた人だった。


自分の弱さを知っているという事は、とても強いことだと思う。

私などは弱さから、逃げて逃げて逃げ切ろうと思っていた。

逃げ切れなかったけど。


自分の弱さを知って、それが自分だと受け入れている人は、

いろんな事から心が自由なんだろうと思う。

自由な心で物事を見つめる時、

世界は面白い事にあふれているのだろうと思う。

エッセイ集には、そんなさくらさんの自由な感性で見つめた

豊かな世界が広がっている。



夕べ短い訃報があっただけで、詳しい情報はまだ一切出てこない。

これからいろんな情報が出てくるのかもしれないが、

さくらさんが病気だという事も全く知られていなかった。


さくらさんのことだから、本当に近親者にしか知らせていなかったような気もする。


さくらさんいつから病気だったのかな。

痛くはなかったかな。

父 ヒロシもさぞさみしいだろうに。

一人息子はもう成人しているくらいかな。


いろんな思いが湧いては消える。

大きな星が堕ちた。


さようなら、さくらももこさん。

また久しぶりにあなたのエッセイを読み返してみようと思っています。






嵐の夜に....トボトボと再出発なり。

お久しぶりです。


台風20号が一晩かけて通り過ぎて行きました。

台風の中心に吹き込む南風だったので、

夕べは、北側の窓を開けていたけれど、

風はまったく吹き込んで来ず、

でも窓の外はすごい雨風が唸っているという面白い状況が生まれました。


嵐が大好きな私は、

嵐の音を聞きながら眠りました。

(ジャニーズの方ではありませんよ~。)


長らくブログをお休みしました。

「病気!?」

「大丈夫?」

「どうしたの?」

と心配してくださる声がチラホラ聞こえてきて、

大変有難かったです。


ご心配おかけし、すいません。

元気です。


訳あってやめていたのですが、

書かない期間どんな心境でいたかというと、

本当のところ、書かなくていい事に少しホッとしていました。


やっぱり、自分の心の内側のことを書いて発信していくって、

どこまで書いて、どこから書かないほうがいいのかとか、

「秘すれば花」というか、

自分だけ分かってりゃいい部分というか...。

(なんか内臓を取り出して公開しているような気分、というか)

でもそういう面をあえて表に出していこうというブログなので、

神経すり減らして書いてる部分も、

あったような?

なかったような?


でももちろん楽しくもあり、

やめたら自分の中で、少しはさみしいとか、

また書きたくなるものなのかしらとか想像していましたが、

(そうなればいいな、という期待もありました。)

意に反して、一向にそんな気にもならず、

どっちかといえばせいせいしている自分に少し驚いてもいました。


じゃあ、どうしてまた書くかと言えば、

それも実はよく分かりません。 


読んでくださっていた方々の期待に応えたいわけでも、

リフレッシュして書く気になったわけでもなく、

ただ何となく、また書こうかな~~、と思っているだけです。

「そういうのを書く気になったと言うんだよ!」という声が聞こえてきそうです。

でも私的には、そんな気になった感じではなく、

ただあてもなく、トボトボとまた歩き出した、という感じです。


森田先生が倉田百三さんに、

「書けなくてもいい。とにかく机に向かって

    原稿用紙に落書きでもしてろ!」と言ったのと同じで、

ただ少しの書く気持ちに沿って、

パソコンに向かってみたというだけです。


でも、

「また書いてね。」

「楽しみに読んでいたんだよ。」

「そろそろ書いたら?」

などの励ましのお言葉が、無意識の中で

背中を押しているのかも知れないな~とも思ったりします。


自分の恥さらしなブログです。

なぜそうまでして得にも損にもならないことを書くのか、

自分でもよく分からないです。

でも、誰だって自分の事が一番分からないです。

それに、

人生って「こういう意味だ」「こういう目的だ」と

ハッキリしていることのほうが断然少ないのかもしれません。


もう人生において、そんな事どっちだっていいような気がしています。


そんな感じで、

  またトボトボと歩いて行こうと思っています。







プロフィール

六花

Author:六花
ブログへようこそ。
六花と申します。
10代の頃から神経質症に陥り
30代でうつになりました。
今は森田療法のおかげで、元気に暮らしております。
そんな体験からこのブログを始めました。
日本由来の森田療法を多くの方に知ってもらいたいと願っています。

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